空虹桜の妄現 ストロマトライト


どうやら、言葉は溢れるものらしい。
もったいないから受けるお皿を用意しました。
Web超短編朗読会「てんとう虫の呪文」についてはまとめページをご覧ください。

[1554] 脳内百景(37)

res 
「よく飽きないね」
「惰性で生きてるのに飽きるも飽きないも無いよ」

[1553] 泣く時

res 
やっぱり、死の物語で涙する自分がいて、その原因はなんだろうか?と思案する。
次いで涙するのは引退とか最終戦とかで、こちらはノンフィクションよりではあるのだけれど、無理に類型化すれば、次が無いから涙するのかなぁとは。青春系も同類項かなぁ。
たとえ苦しみに過ぎなくとも、アタシは「永遠」にいたいのかと思うと凹むのだけれど、行き当たりでバッタリできるのは無意識的に次があると信じているからかもしれない。

ピュアだなぁ。困ったなぁ。キャラじゃないよ。

[1546] 完本 1976年のアントニオ猪木

res 
名著名著と聞いてはいたけれど、ここまでとは思わなかった。
これはアントニオ猪木本だし、プロレス本なんだろうけれど、れっきとした歴史本であり、なにより昭和史本なんだと思う。
アントニオ猪木という縦軸を元に、戦後復興からバブル崩壊までの昭和史が見事に描写されていると思う。
個人的に理解できていなかった「プロレス」の機能が、ようやく見えた気がした。
それは間接的にメディアの機能であり、政治がどのように社会を再構築しようとしたかなのだけれど、文化史を押さえる上で、遅まきながらでもこの視点が手に入ったのは大きい。

それともう一つ、猪木−アリ戦の件で、
> だが、この試合がボクシングの凡戦でもプロレスの凡戦でもなく、
> 誰も見たことのない“リアルファイトで行われた異種格闘技戦の凡戦”
> であったことを忘れてはならない。
に、目から鱗が落ちた。
常にアタシは、「ホントにただつまらない」モノと、「未だかつてないからつまらない」モノを慎重に区別して、見極めなければならない。前者を断固として否定し、後者を苦虫噛み潰しながらでも、拾い上げなくてはならない。

それにしても、隠居の身になったら、上森小鉄を掘り下げてみようと思ってたんだけど、大野伴睦あたりも掘り下げたら面白そうだなぁ・・・

[1543] 好きな作家

res 
会話の中で「好きな作家って、たとえば誰ですか?」とか訊かれると、なかなかすっと答えられなかったりする。
出れば買って必ず読んでる作家は、両手ぐらいはいて、影響だって受けまくってるっていうののに。向こう5年ぐらいは買い物しなくてもいいぐらい積ん読してるっていうのに。
ミュージシャンであればスチャみたく、脊髄反射できるのとなにが違うのか、ちょっと不思議。

仮定として、ひとつは友人と音楽の話はしても、本の話はあまりしないからかなぁ。などとは。

[1539] 日本のヒップホップ 文化グローバリゼーションの<現場>

res 
アタシが日本のヒップホップが好きで、さらに社会学を取ってたってのはあるのだけれど、これはたしかに面白い。
ちょっとでもヒップホップが好きなフィールドワーク専攻の学生は、軒並み読むといいと思う。
「本質」という言葉・考え方を、慎重に忌避しているあたりは、言われてみて初めて気づいて、自分も気をつけようと思った。
フィールドワークをする以上、見たいモノを見るのではなく、見て聴いて感じたものがなんなのかを考えることが大事だっていう。
構築主義の立場を取るのならば、見て聴いて感じたいろいろな事象から物語(認知される現実)を見出すのが観察者であり、調査者であり、研究者なのだ。
SF的に言えば、脳は現実を編集しているのだから、抽象的ななにかを見ようとするならば、脳がなにを編集したかを間接的に導き出すしかないのだ。

無論、いろいろ指摘したいことはある。なにより、パーティラップへの言及がすくなすぎる。日本のヒップホップシーンにおいて、パーティラップは売れただけとしての側面でしか書かれていない。EAST ENDへの言及はもっと多岐にわたっていいと思うのだけれど、この指摘は狭い視点からの指摘だって自覚もある。でも、それだって、中身がこれだけ詰まっているからこその無い物ねだり。
上野俊哉の指摘事項もなるほどかな。
「島宇宙」論に関しては、そもそもの宮台を読んでないのでアレだけど、根本的なところで間違ってると思ってので、ここでは保留。

もちろん、ここで語られていることは、自分の生息しているジャンルに適用されうる。
たとえば「超短編」という<シーン>において<現場>はなにか?
筆者イアン・コンドリーは文学に<現場>は存在しない的なことを書いているけど、アタシはそう思っていないし、フィールドワークは出来ると思っている。
超短編において、相互作用はどこにあるのか?メイクマネーはどのようになされるのか?キューティスモ、セクシャリティ、ジェンダーはどのようにあるのか?文化グローバリゼーションに置いて、日本の超短編はどのような場所に位置づけられるのか?オーセンシティや多様性、他の文学表現との差異はどのように確保されるのか?ヒップホップが日本語を開放したのなら、超短編は日本語になにをなしたのか?なにが出来るのか?
なんてことを、ちょいちょい考えてみたりしています。

[1537] ペパーミント症候群

res 
・自サイト再掲分は一部差し換えてます。
・まるで間違い探し!
・普通直す必要は無い気がするけど、やっぱり気になるんだよねぇ。
・鉤括弧の入れるタイミングでリズムを作ったり、ひらがなでいいところをカタカナでするあたりが、手癖。
・作中、「好き/嫌い」で「/」を使ったのが一番の冒険。
・「なんて、妄想全開で飲むハーブティー」からの件のライムで、強引に話の方向を変えてること誤魔化したり。
・基本いっつもタイトルを作中では使っていないので、そこを言及されても、なんだか。
・ただまぁ、自然に消化できてるってことかもしれない。
・この路線はお金になることがわかっているので、今後、できるだけタダでは出さないようにしようと思ってます。
・っていうか、なら、この路線で長いの書けばいいじゃないかと、選評期間中に気づいたんだけど、長いとこの路線たぶん飽きるよなぁ・・・(書く方が)

あと、掲示板に書き忘れたので私信

>三里さん
選評のレヴェルで書けたらとっくにプロだよ!でも、頑張る。

>柴咲さん
老婆心ながら、「逆レイプ」「逆セクハラ」はギャグでないなら、ジェンダー的にアウトです。
「逆パワハラ」はこの並びだとちょっと意味合いが違うかと。

早くプロになってほしい。

こんばんは。アンテナから来ました。

ジェンダー的にアウト?という意味がわかりません。感想なので、感じたことを書くべきなのでは?

子供向けのコンテンツには
自分が望めば法律の範囲を超えて、悪人を制裁していいといメッセージが隠されていることが多いですが、
今回の作品にも、似たような「いいじゃんレイプしちゃいなよ」的なものが肯定的かつ無造作に書かれていたと感じましたよ。

こんな辺境の地までいらっしゃいませ。

>ジェンダー的にアウト?という意味がわかりません。
 「逆レイプ」「逆セクハラ」の「逆」には、レイプやセクハラが男性から女性にのみ行われる行為としての意味が含まれています。つまり、常に加害者は男性であり、被害者は女性であるという意図です。
 若干後出しじゃんけん臭くて言葉足らずでもあるのですが、アタシはジェンダーを「社会的・文化的な性のありよう」としての意味にしか用いませんので、「常に加害者は男性であり、被害者は女性」は「社会的・文化的な性のありよう」の一例として理解しています。
 で、アタシはそれをそのままにしておくのを良しとしませんので「ジェンダー的にアウトです」と書きました。より正確には「ジェンダー論的にアウトです」であり、もっとせいかくには「アタシの考えるジェンダー論的にアウトです」ですね。ここら辺の言葉足らずっぷりについては謝罪します。すみません。

>感想なので、感じたことを書くべきなのでは?
 まったく否定する気はありません。上記の通り、アタシも感じたとおりのことを書いてるだけです。
 アタシは感想をこのように受け取りましたと表明しているに過ぎません。

>肯定的かつ無造作
 女性上位時代 (C)ピチカート・ファイヴなノリは、アタシの作品の特徴の一つなので、否定する気は毛頭ないのですが、「無造作」な感じをどこに見出されたのか、個人的に興味がありますので、よろしければ教えてください。

横入りおじゃまします、こんばんは。
一応こっち方面の話題には食指が動きます(触手か?)ので。

なーるほど。
ただまあ「逆セクハラ」というときには、力関係の転倒が実は「揶揄的に」織り込まれてることも多い気がします。なので、どちらもまあ落ち着いて、って感じでしょうか。
あえて踏み込むと、それゆえそらんじ作には「いいじゃんレイプしちゃいなよ」というコノテーションは読み取れないはずだ、と。少なくとも、子どもに読ませる訳じゃないのでそのあたりは明白かと思います。
まとめると、「ハラスメント」は不均衡な力関係を背景として起こる。よって、師と生徒の関係における力関係を正しく読み取っていれば「レイプしちゃいなよ」に一方的な暴力性を読み取ることは無理であろうと。

それはそれとして、このスレ前半ではそらんじたん言葉足りませんでしたよね。反省しましょう(笑

ちょっと思い出したんで、解題気味な話を。

> 大人のクセにメンソールなんて吸ってるの?
って件が作中にあります。元々アタシがどこかで耳にした会話を下敷きにしていて、それだと
> 男がメンソール吸うな
でした。
まずそもそも、アタシは煙草を嗜まない(知ってる銘柄はモータスポーツのスポンサだけ)のでこの辺の感覚がさっぱりわかりませんが、でも、そゆ偏見を持ってる人がいるというのは、物語のリアリティにとって、わりと重要だと思ってたりするので、本作の主題と絡めて使ってみました。
アタシの作品っぽいくすぐりとしても機能するし(「大人がメンソール吸っちゃいけないのか!」&「子どもはメンソールの煙草なんぞ吸えるか!」)
実際、脳内亭さんは反応してくれたしね。

話を戻して、
> 力関係の転倒が実は「揶揄的に」織り込まれてることも多い気がします。
ってのは、その通りで、なので「ギャグでないなら」の一言を付け加えてたりもしますが、とはいえとはいえ
> このスレ前半ではそらんじたん言葉足りませんでしたよね。反省しましょう
その通りです。猛省!

どうも、話の流れはわかりました。
しかし、逆レイプ、逆セクハラが、
使用禁止な言葉だとは、私は思いません。
(もちろん、それがバカやキチガイと同じように卑俗であり、メディアが商業目的に作ったトゲのある言葉だとは思っています)
しかし、それは本格的なジェンダーの言論においても使用されている言葉であり、出版されている性科学の学術書でも、(もちろん、俗な言葉とことわりのあった上ではありますが)、頻出している言葉です。

「使いたくない」というのはもちろん自由ですが、信条以外に何か根拠がおありなのでしょうか?
 というのも感想について個人的に言及されたのならば、私も、自分の書くものの信用という面で、放ってはおけないからです。

ところで「肯定的かつ無造作」という意味ですが、

2010年現在のコンテンツの規制について、
単純にある言葉やあるシーン(言葉であればファック、シーンであれば性器が確認できる)ものは、一様に、議論の余地なくレーティングに引っ掛かります。
しかし、この範囲を外れた、明文化されていない製作者側の規制というものが存在します。

それは、悪を描いてもかまわないが、悪を為した人間を肯定的に描いてはならないという約束です。

暴力や不正を描いてはいけないのではなく、もしそういった人物を登場させるのなら、その人間は作中で罰を受けなければいけないというものです。その描き方は、悔いあらためるシーンでもかまいませんし、人から非難を受けるシーンでもかまわないのですが、いずれにしても、何らかの社会的なペナルティを受けるというメッセージをいれなければいけないのです。(大方のサスペンスで、犯罪者が死ぬか自主するか、というラストシーンを描くのはこのためです)

『いいんだって。襲っちゃえば』
『だって、ウチら天下の17歳だし』

というよう発言の後にも先にも、この一人称のキャラクターが何ら反省や悔いている描写がない点、

これを無造作かつ肯定的だと感じました。

そして、そういう配慮がないのであれば、
これが悪ではなく、倫理的に許容範囲だとするならば------この後は一緒です。「逆レイプや、逆セクハラが・・・」

もちろん、一昔前は、人間ではなくゾンビだという屁理屈で、惨殺する人間を肯定的に描くものも、多く存在していました。
書いてはいけないのではなく、
肯定的に書くこと、配慮なく書くことが問題なのです。

横から失礼。

 配慮はあったと思ってます。

>『いいんだって。襲っちゃえば』
>『だって、ウチら天下の17歳だし』
 私は、これを発したのは当事者じゃなく友人だと取ったのですが、
だから襲わないし、襲う必要もない、ただの軽口の可能性も高いと思いますし、

>妄想全開で
 これから私は「妄想だけで留めようとしている」と受け止めましたし、

>大人にしてよ。ねぇ。先生。
 この終わり方で[主人公]は(悪く言えば)相手に何もかも委ねる人なのだと取りました。

> 信条以外に何か根拠がおありなのでしょうか?
「逆レイプ」「逆セクハラ」「逆パワハラ」の並びでは、「逆パワハラ」という言葉の不適当な使い方から、不用意に使っているように見受けられました。
 エラそうに書いているのはだからですね。申し訳ないです。
 なお、根拠となるのは信条ではなく思想です。あるいは、学術的に取る立場です。

> しかし、この範囲を外れた、明文化されていない製作者側の規制というものが存在します。
>
> それは、悪を描いてもかまわないが、悪を為した人間を肯定的に描いてはならないという約束です。
 すみません。まったくもってこれには頷けません。
 直近で卑近で見てもいないのを引き合いに出すのもなんですが「アウトレイジ」とかって、悪を為した人間を肯定的に描いた映画だったりするんじゃないですか?
 あと、拙作ですが「死ではなかった」のが悪を為した人間の肯定かと思うんですが、いかがでしょう?ギャングスタラップって、そゆジャンルなわけですし。

> というよう発言の後にも先にも、この一人称のキャラクターが何ら反省や悔いている描写がない点、
>
> これを無造作かつ肯定的だと感じました。
 なるほど。無造作と感じられたポイント/理由を理解できました。
 ありがとうございます。
 ちなみに、『』の中だけを切り出すと、当然文脈から切り出されてしまうので、セクシャルな意味で取るかどうかは不明になってしまうかと。また、文脈の中で、読者がどのように取るかわかって書いてますし、おヒゲのタカスギシンタロウ曰く、「500文字は物語を語るには無理がある」そうなので、読み手の想像力を刺激できていれば幸いです(って、この書き方はズルいな<自分)

>  私は、これを発したのは当事者じゃなく友人だと取ったのですが、
> だから襲わないし、襲う必要もない、ただの軽口の可能性も高いと思いますし、
 アタシから言えるのは作中で「」と『』は明確に使い分けられています。ですね。もちろん、それをどう取るかは読者にお任せしています。
 となれば、解釈論争は他人事のように面白いので、「どこ」に「それ」を感じたのか教えてもらえると嬉しいです。

書く書くー。

 冒頭、
>「早く大人になりたい」
 と入り、この後それの説明っぽい地の文。
 なので、私はこの「」で括られた言葉を主人公の呟き・独り言と解釈しました。
 こゆことを[言って][そのまま考えられる]のって、一人でいるときかな、と思ったので。
 というか、私の場合はそうなので。
 この作品自体が、一人でいるときにハーブティー飲みながら考え事している描写、という風に捉えました。

 次。

>『大人のクセにメンソールなんて吸ってるの?』
>『お子ちゃまのクセに知った口きくなぁ』
 これは会話ですよね。この後に
>思い浮かべようとしたら先にツンと、メンソールの匂いを思い出す
 (カット失礼)こう続いていたので、『』で括られた言葉は過去に実際にあった会話、と解釈しました。

 で、ピックアップの箇所。

>『いいんだって。襲っちゃえば』
>『だって、ウチら天下の17歳だし』
 前述の通り、これは一人でいるときに思い出し考え事している描写とした場合、
1) 「」ではないので、独り言の「」とは異なる性質を持つ台詞。
2) 『』なので、過去に実際にあった会話に近い性質を持つ台詞。
 と捉えました。
 1)と2)から、
 この部分の『』二つのうち少なくとも一つは主人公ではない人が放った言葉と捉えました。

 女子高生って(少なくとも私の知ってる範囲だと)なんでかわからないんですけど三人組で行動してるのが多い。
 で、三人でコイバナすると、
 当事者を残り二人がからかう、という場面が浮かびまして。
 何で浮かんだのかは判らない。実際にそういう場面を見たことがあるのかもしれないし、
 ドラマとか本とかで見たのかもしれない。ただ、そういうのが連想されました。
 なので、
 三人でコイバナしていて、二つ台詞があるなら、主人公は地の文でいくらでも話せるんだから友人二人が言ったのかな、と思いました。

 以上です先生!
 頭悪いので旨く表現できませんでした! 精進します。

えーっと、この話、しばらく続けてくださいね。
じっくり読める時間が今は取れないもので…。
端的に一言、とも思いましたが誤解を招いて火に油してしまいそうなので、それはやめておきます。

文学表現とは何か、についての、だいじなだいじな話だなー、と思います。

> 書く書くー。
 ありがとー。
 具体的にどうこうってのは、避けようかと思うのだけれど、うん。大変参考になりました。
 パブリックなイメージと、個人的なイメージをどうコントロールするかが、リアリティとかリーダビリティとかに影響していて、具体例をもって「どこ」「それ」が聴けるってのは、大変重要だしありがたいです。

> 端的に一言
 それはそれで興味が(をい)

> 文学表現とは何か、についての、だいじなだいじな話だなー、と思います。
 とくにアタシはどうやって理解するのか?されるのか?に興味関心のウェイトが大きいので、こゆ話は面白いです。
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