虹が滲む2時に二児の父

 強い強い祈りだった。己の身を省みない祈り。もちろん、彼が死ねば、彼の子ども(一男一女)は母親の回復まで彼の両親に引き取られ、彼の妻はせっかく続いた命を責苦として生きるとわかっていた。
 それでも、彼は祈った。
 十四時に手術がはじまり、十二時間以上、彼は祈った。

 全身麻酔で眠る彼女は、彼女の夫の祈りを受け止めていた。繰り返す夢の中で何度となく「生きろ」と伝えられていた。
 彼女は、それが嬉しかったし、すこし重く感じてもいた。主に金銭面の現実的な計算も、彼女は夢の中で行った。
「ごめん。諦めるよ」
 五回目の繰り返しで、彼女は彼の祈りにそう告げた。そして、彼の祈りを主語だけ変えて、彼に返した。

 手術室前で待つことを許されず、ロビーで祈り続けた彼の耳に足音が響いた。慌てて立ち上がり、音の方を向くと、六人の医師が二列で歩いていた。先頭の医師を除き、皆、彼女の顔をしていたので、彼はすべてを理解した。
 途端にすべての輪郭が曖昧になり、でも、彼女の顔はハッキリ見える。
 足音が止まると、音すら曖昧に彼は聞こえた。
『ごめん。諦めるよ』
 LEDの光が七色に分かれるのを、彼は初めて見た。

短歌の超短編投稿作

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