怪獣のバラード

 ある朝、彼は鈴の音で目が覚めた。風鈴やクラクションではなく、鈴。古里の山中で聞いた熊避けの鈴の音。
「どうしたの?」
 彼女が眠そうに目を擦りつつ、半身を起こしたので、彼は「なんでもないよ」と小さく言って、彼女にタオルケットを掛け直す。
「いらないのに」
 気怠そうに応えた彼女は、毛深い彼の体毛へ腕を差し込み、強く抱き締める。彼は、静電気で付いてしまった埃に彼女が噎せないよう、慎重に体勢を変える。同時に、気づかれないよう彼女の髪を撫でる。「幸せそう」と形容する以外に、彼は彼女の寝顔を表現できない。
 彼女を撫で続けながら、彼はぼんやりと思い出す。羅臼岳の麓で父親に習った鮭の捕り方。冬、目が醒めた時に舐めた母親の手。兄と集めた数を競った蜂の巣の数。モシリ・コロ・カムイとの会話……
「大丈夫だよー」
 不意に彼女が言った。ここは品川のマンションで、知床の山中じゃない。動揺を隠すように彼は撫で続ける。彼女は寝息を立てる。
「……うん、大丈夫だよ」
 その時彼は、鈴の音に紛れる鐘の音を聴いた。

「超短編の世界vol.3」未掲載作を一部修正
tribute to 「怪獣のバラード

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