名前はまだない

 女には必ずひとつ嘘をつく。たいていは一晩だけの関係だから、囁かせるための偽名がそれに当たる。
 なのに今、隣に座る女に名を告げることもできない。使い慣れたいくつかの偽名や本名ですら口にできない。
 最初の一目から、もう顔を見ることもできず、ただ女が手持ち無沙汰で弾くグラスを魅入るだけ。思考さえまとまらない。

超短編 500文字の心臓
第88回競作「名前はまだない」投稿作

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