嘘泥棒 beginning

 だって、持ってないんだもん! とは言わず、ぼくはママの顔を見ている。怒られると思うと、ドキドキしてなにを言えばいいかわからない。
「ホントにママの財布から盗ってない?」
 ヤスくんもカズくんもマサくんもけーちゃんもみんな第6段のレアカード引いてるのに、ぼくだけが、まだ。だから。でも、500円玉1枚だけ。
「素直にホントのこと言ってくれたら、ママ、怒らないから」
 ママがじっとぼくの目を見る。苦しくて苦しくて、きっと全部言ってしまった方がいいんだと思う。結局ダブりだし。やっぱり。
「トシくんが絶対って言うなら、ママは信じる」
 ママは、ため息をついてからぼくの肩に手を置いた。服の上からなのに冷やっとして、なんとなくもうホントのことを言っちゃいけない気がした。
「あのね、一回でもホントを言えないと、これから先ずっとホントを言わなくても良くなるの。それは楽だけど、とても苦しいんだよ」
 もう充分苦しいよ。だからダブりは、なんかとトレードしてもらおう。

超短編 500文字の心臓
第96回競作「嘘泥棒」未投稿作

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