十四歳のコーヒー
制約だらけの学校の中、美術準備室のドアを開けると、いつもコーヒーの匂いがしました。
そうですよね?先生。
煙草だって吸われていたのに、どうして油絵の具の匂いでもなく、思い出すのはコーヒーばかりなのでしょう?
ホコリがキラキラ舞う中、石膏像の上半身とラフデッサンが描かれたキャンバスがお出迎え。二年生の提出した水彩は積まれていて、何本かの刷毛で区切られた隣には、小さくコポコポと音を立てるコーヒーメーカ――
今でも絵に描けるぐらいしっかり、あの頃の美術準備室が焼き付いているのに、コーヒーは思い出の中じゃ淹れたてなのに、なぜか先生に直された絵が思い出せません。先生との会話が思い出せません。いつも美術準備室はわたしに優しくて、キャンパスはいつも立ちはだかっていて、初めてコーヒーをブラックで飲んで大人に近づけたと思って……本当に思い出したいのはあの時の会話なのに、浮かんでくるのは些末なことばかりです。
ありきたりなのですけれど、あの頃の感情は「憧れ」だったのかもしれません。未成熟なわたしが抱いた大人への憧れ。四捨五入したら三十だっていうのに、今さらなに書いてんだか。ああ恥ずかしい!
気を取り直して、今年で娘はあの日のわたしと同じ十四歳です。娘の美術の先生は女性だけれど、わたしがそうだったように、毎日美術室で絵を描いています。そのせいでしょうか?最近コーヒーを飲んでいると先生を思い出します。美術準備室と先生とコーヒーの匂いを思い出します。
先生、今日のコーヒーは美味しいですか?
第6回 UCC:Good Coffee Smileキャンペーン
コーヒーストーリー応募作
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Natuyumeiro
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