恋はいつも幻のように

「また会えるよね」
「絶対、大人になったら絶対会いに行くから」
 発車ベルが鳴り、ドアが閉まって、少年と少女は隔てられる。ドア越しに少女の両親は頭を下げ、クラスメイトだろう子どもたちが「じゃぁね」だの「遊びに行くから」だの、甲高い声で叫ぶ。
 いかにも田舎の三月にありがちな光景に行き当たる自分の運の無さというか引きの強さが嫌になる。しかも、雰囲気に気圧されて乗り逃しちまうし。ワンマン一両編成は乗降口が一ヵ所しかないんだぞ! なんのために女先生、アンタはそこにいるんだ? 周りに気ぃ遣えよ。次、九十分以上先だぞ。来んの。だからこんな出張ヤだったのに、真っ赤なお鼻の戸田課長め!
 一通りの言い訳と責任転嫁を頭の中で並べてから、もう一度ベンチに座り直す。雨風と紫外線に曝されてだいぶガタがきてても、気分とは裏腹に麗らかな春の陽射しのおかげで、居心地は悪くない。
 子どもたちがキャッキャッ言いながら改札を出て行く。幼心に浮かんだ一時の感傷は、あの少年以外たぶんきっと既に忘れてしまったろう。少年少女にとって大切なのは「喜」と「楽」で、「怒」は喧嘩に負けた途端、虐めの対象となり、「哀」は存在しない。すくなくとも、俺にはあの日まで存在しなかった。
 まださっきの少年はホームのおんなじとこに立ってて、女先生がそばにいる。未来を信じ、希望を「大人」の二文字に託した少年は、これからの人生でゆっくり絶望すんだ。今、せっかく抱き締められた感情が、音も立てずいつの間にか消え去っても気づかない。「成長」なんて単語に心を鈍らせて、ある日唐突に、大人になったら絶対会いに行くと誓った少女の名前さえ思い出せず苦笑すんだ。俺みたく。
 諭されてしまったのか、少年が女先生と歩いて来る。間抜け面で物思いに耽っていた俺は、さらに間抜け面を浮かべてみせる。少年が睨めつけるので「無理だ。青いの。諦めろと」阿呆面に魂込める。悔しかったら、違うってなら、俺に後悔させてみせろ!
 女先生が軽く頭を下げたので、阿呆面のまま応える。少年の目に映る自分。女先生が、あの日の少女にダブって見えたのは気のせいだ。田舎特有の回顧幻想だ。春風が吹く。まだあと八十分。ビール呑みてぇ。

第2回「雲上の庭園」投稿作
Photo:Unaru Bacteria

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