甘いお肉でしょっぱいすき焼き
「六年生だから十二歳」
「ああ、一番大人がイメージする『子ども』像とのギャップが激しい歳頃だ」
まだ二人の距離というか間合いを測ってた頃で、そんな時期にすき焼きってのも恥ずかしいことこの上ないけど、ちょっとした臨時収入があったりとかで、若さと相まって、まぁその、見栄張ったわけだ。
「ええ。だから、平日なのに学校休まされて、一日ずっと父に連れ回されたりしたら、勘づいちゃうじゃないですか」
「だろうね。で。それって最後まで俺が聞いていい話?」
「ダメな話ならしません」
百点満点ではないけれど、合格点には達していたので、この恋はそう悪い想い出にはならないだろう。なんて、上から目線で続きを促した。実際、こうしてお前に喋ってるわけだから悪い想い出じゃないわけで、若かったあの頃でも、そう間違った価値判断をしていたわけじゃないよな。俺。
「寺町通に三嶋亭って有名なお店があって、お値段も敷居もすんごい高いんですけど」
「名前からして高そうだもの」
「ええ。わざわざ仲居さんでいいのかな? が、お肉の焼き方から食べ頃までレクチャして、取り分けてくれるんですよ。小学生相手でも」
「貧乏には想像つかんなぁ」
「わたしだって、後にも先にもあの時一回キリです。でも、あの時よりおいしいお肉って食べたことないなぁ」
一息つくように彼女がコーヒーを飲んで、ここがイノダコーヒーだったら様になったんだけど違くて、申し訳程度に俺もコーヒーっぽい液体を飲んで、そして、覚悟したわけだ。
「口の中に広がってく甘味を意識した隙に融けて無くなっちゃうぐらい柔らかくて。ホントあっと言う間に自分の分食べ終わっちゃって、そしたら最後の一枚を父がくれて、『いいパパだったかなぁ』って」
そこで泣き崩れられたらもう勝てないじゃん。そんなの。絶対。だから、お前が彼女と結婚するってスゲェと思うし、ホント……おめでとう。
第一回ノベルなび大賞 参加作
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