楽園のアンテナ

 飲み込むたび、唾液の流れた部分だけ潤うので、男の喉は引きつる。
 月の沙漠のただ中を、男と沙漠の民は彷徨う。
 エスケープだったのか、エクソダスだったのか。とうに煮立った男の脳では思い出すことができない。
 しかし、照りつける陽と吹き抜ける風の中、男は沙漠の民を信じて彷徨う。視界にたたずむおぼろ緑からの匂いを信じて彷徨う。嵐に紛れて囁く波音の存在を信じて彷徨う。
 沙漠の民が沙漠の民であり続けるのは、五感が掴む実存を強く細やかに信じるから。数多のノイズより、ただその一点にチューニングしてみせる。
 目的は陽炎となるも、ひたすら彼らは彷徨う。
 今、水が匂った。

超短編 500文字の心臓
第26回競作「楽園のアンテナ」参加作

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