あたたかさ、やわらかさ、しずけさ

 ディーゼルエンジンの吹き上がりが、今日のリズムを作る。弱く入れた暖房。倉庫までの短い距離だけど、コンバインへ乗るためのストレッチにはちょうどいい。
 八月の、あの台風三連発で隣町じゃ川は溢れたし、水を抜く時期の水浸しだから、途方に暮れかけた。
 何度か十字路を曲がって、エンジンを切る。ドアを開けて降りる。閉める。ようやく顔を出しはじめた朝陽は、照らすとこだけ暖める。秋の虫たちが夜の名残を奏でる。冷えた空気で肺を満たす。シャッタを開ける。
 大きな音が、夜のおわりと朝のはじまりを告げる。
 耐えられる限りの命を抱えた稲は、しっかり実った。「有り難い」という言葉の真意が身に染みる。コンバインに上り鍵を挿す。回す。大きな震えに大きな音。鼻をつく臭いは、しかし、太古の命の臭い。夜は朝になるし、静寂は破られるし、秋は冬になるし、いつか死んで、いつか生まれる。いろいろあって、こんな高い場所でハンドルを握る。
 大切な人の笑顔が、いっぱい思い浮かぶ。

超短編 500文字の心臓
第151回競作「あたたかさ、やわらかさ、しずけさ」参加作

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