ホウ素
わたしが彼について知っていることはすくない。
彼は孤高の人だったので、そもそも彼について知っている人がすくない。しかし、彼は孤独ではなかったから、彼の存在自体は知られていた。
ここが難しい。日本語というより、概念が。つまり、孤独の中に孤高は含まれない。孤高は孤高であり、孤独は孤独である。そもそも孤独の語は同義反復だ。孤高と違って、ひとりではない。
憧れがなかったといえば嘘になる。わたしは彼に憧れていた。恋愛感情と異なると断言できるのは、もちろん、彼が孤高だからだ。彼ひとりが誰よりも高いところにいて、彼ひとりが違うレイヤにいる。わたしは眺めることしか出来ず、近づけもしない。これを憧れと呼ばないのなら、なんと呼べばいいのかわたしは知らない。
彼は死しても、未だに孤高だ。堅牢な孤高さは、彼の不在を存外すんなりと受け入れてさせもした。
不在は遍在するのに、未だに彼は孤高だ。
元素12ヶ月
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