魂の消費期限
(ようやっと、テメェもくたばる気になったかい?)
「相変わらず口が悪いな」
このホームに来て、もう十年になる。年期の入った介護師でも、独り言と会話と痴呆の区別がつかないほどに、俺は老いた。昨日と今日と明日の区別がつかないぐらいに、脳みそはスカスカだ。こいつの減らず口は、遠からず現実になる。
(へっ。ようやくテメェから離れられると思うとせぇせぇするぜ。こんなしみったれた場所からもおさらばだ)
「俺もだよ。いちいちツッコむのも骨だからな」
(誰も頼んじゃいない)
「照れるなや」
俺が笑ったから、二つ向こうのテーブルで家族だろう三人組と談笑してたババアが驚いてこっちを見る。睨み返したら、通りがかりの介護師に注意される。
これが最後の日常。
「お前、これからどうするよ?」
(知らねぇよ。テメェから離れたことねぇんだから)
左二の腕の痣は、それからしばらく黙りこくったので、俺はそいつを何度か撫でてやった。
「あの世でも、連もうじゃねぇか」
まるで口説き文句みたいになって、互いに苦笑した。
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