川を下る 〜 中央線で下る
吉祥寺から中央線に乗る。
橙線の車両は武蔵野台地を西から東へ走る。
東京は本来、水の都である。鉄の道は、井の頭恩賜公園と石神井公園と善福寺公園の武蔵野三大湧水地の間を縫い、隅田川を経由して東京湾まで対となる。
一羽の烏がいる。大和の神の眷属たる烏。恩賜の恩寵を受け、井の頭を統べる漆黒の烏。
彼は空の道と同じくらい鉄の道を利用する。新宿を抜け、高架からその名の通り谷間となる四谷を過ぎたあたり、見下ろした中央線屋根上に黒い点があったら、それは彼だ。つぶさに街を見つめ、人を見つめ、飯を探す。海まで行って戻ることもしばしばで、もしも一尾の魚が中央線の屋根で跳ねていたら、彼の忘れ物だ。
彼は見抜く。この数ヶ月で多少の増減はあれど、大局的には人間が減ったことを。したがって、旨い飯が減ったことを。ならばと考える。味を取るべきか否か。卑しくも大和の神の眷属が妥協を受け入れるべきか?と。
悩む内、お茶の水で黄色い線の車両に乗り換える。秋葉原を過ぎてすこし潮の匂いがする。しかし、井の頭を手放すわけにはいかないと、何度目か決意し直す。
超短編 500文字の心臓
第177回競作「川を下る」未投稿作
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