眼球

 カウンタ席とはいえ、誤ってカップルの隣に座ってしまった。回転してる鮨屋へデートに来る野暮がいるとは。迂闊。
「イクラってダメなんだ。わたし」
「え〜、魚卵好きだって言ったじゃん」
 どうかしている。デート中に「魚卵」と口走る野暮が気になり、わたしは耳をそばだてた。
「タラコも数の子もキャビアも大好きだけど、イクラだけはダメなんだ」
 野暮が連れ歩くだけあって、自分をネタの値段に見立ててるような、はしたない女である。ちなみにわたしが一番好きなのはトビッコだ。あのプチプチがたまらない。安いし。
「なんか、じっと見られてるみたいで。ダメなんだ」
 目の前を流れるイクラの軍艦が、言われてみると、こちらを見つめているように感じるから不思議だ。橙色の濃い部分が瞳孔か?
「ホントは鮭か鱒になるハズだったんだよね」
「え〜、鮭ってイクラが大きくなったのなの?」
「知らなかった?」
「うん。だ・か・ら、キャビアの軍艦、いい?」
「なんだ。計算か」
 小さく呟いてから、通り過ぎたイクラの皿に手を伸ばした。見つめられるぐらいで、せっかくのイクラが食えなくなるなんて阿呆らしい。
 いただきま〜す。

超短編 500文字の心臓
第57回競作「眼球」参加作

(ケータイ)トップ > 空虹桜超短編集 エディアカラ > 眼球
(パソコン)トップ > 空虹桜短編集 バージェス頁岩 > 眼球
空虹桜HP アノマロカリスBANNER
(C) Copyright SORANIJI Sakura,2006
e-mail bacteria@gennari.net