君は忘れる人だから

「じゃあね。行ってる来るよ」
 毎朝君に告げるのは、なんのことはなくて、そうしないと君が忘れてしまう人だから。
 たしか、そんなような映画があった気がするけど、僕はそんなのを見る暇ちっともなくて、毎朝出社して、仕事をこなして、そして、君の元へ返ることに必死だったんだ。それはちっとも律儀とか切実なことじゃなくて、単純に君への愛情だったし、なにより、君が僕を忘れてしまうことの恐怖だった。
 僕は、断トツに君から忘れられたくなかった。
 だって、君の旦那だよ。夫だよ。君のお父さんよりお母さんより、お姉さんより妹より、僕が一番君のことを愛してるんだよ。どんな神様にも誓えるし、どんな悪魔にも盟約を結ぶよ。
「愛してる」
 帰るたび、僕は君に告げる。囁く。誓う
 僕は僕が僕であるために、君に何度となく、なんの躊躇いもなく、君への愛を君に。君への愛を君に。君への愛を君に。
 愛してる。
 たかが四文字。たかが五音のクセに、なんでこんなに小っ恥ずかしくて切実なんだよ。
 愛してる。
 愛してる。
 愛してる。
 君が忘れてしまう前に、僕は何度でも君に捧げる。

動画書き起こしを加筆修正

トップ > 空虹桜短編集 バージェス頁岩 > 君は忘れる人だから
空虹桜HP アノマロカリスBANNER
(C) Copyright SORANIJI Sakura,2018
e-mail bacteria@gennari.net