君は忘れる人だから
「じゃあね。行ってる来るよ」
毎朝君に告げるのは、なんのことはなくて、そうしないと君が忘れてしまう人だから。
たしか、そんなような映画があった気がするけど、僕はそんなのを見る暇ちっともなくて、毎朝出社して、仕事をこなして、そして、君の元へ返ることに必死だったんだ。それはちっとも律儀とか切実なことじゃなくて、単純に君への愛情だったし、なにより、君が僕を忘れてしまうことの恐怖だった。
僕は、断トツに君から忘れられたくなかった。
だって、君の旦那だよ。夫だよ。君のお父さんよりお母さんより、お姉さんより妹より、僕が一番君のことを愛してるんだよ。どんな神様にも誓えるし、どんな悪魔にも盟約を結ぶよ。
「愛してる」
帰るたび、僕は君に告げる。囁く。
誓う
。
僕は僕が僕であるために、君に何度となく、なんの躊躇いもなく、君への愛を君に。
君への愛を君に。君への愛を君に。
愛してる。
たかが四文字。たかが五音のクセに、なんでこんなに小っ恥ずかしくて切実なんだよ。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
君が忘れてしまう前に、
僕は何度でも君に捧げる。
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