魚と眠る音楽

 スマホに浮かんだ「I sleep with fish」の文字列を睨みつけていた彼女が顔を上げたので、僕は畏まる。
「フィッシュマンズフォロワーな、一時期のクラムボンとかbonobosっぽいね」
 曲の終わりに合わせてスマホが暗転し、暗転に合わせるみたいなタイミングで、彼女は言った。
「邦楽?」
「曲名が日本人っぽい」
 適切かはともかく、そう言い切る彼女が、僕にはなにより重要だ。
 傘を、篠突く雨が叩いていく。満月なのに空は真っ暗で、こういう日こそ彼女の言葉は強さを増す。
「アンダーワールドなイメージだったんだけど」
「細部が甘い」
 街灯下、二人並んだ陰は雨で乱れてるのに、言葉はちっとも歪まない。
「緻密指向のクセに、言い訳用意してる君の甘さね」
 言葉を継いだ彼女の、靴も裾も、すっかり濡れてしまった。いずれにせよ到らない僕に非がある。
 傘を持たない手で彼女に触れる。
「ほら」
 じんわり冷えが解ける。見透かしていた彼女と、見透かされていた僕。信頼に拠る不細工な関係。
 アパートへ続く緩やかな上り坂にはいくつも川ができていて、僕らは一本いっぽん超えていく。残念ながら海は遠い。

超短編 500文字の心臓
第162回競作「魚と眠る」未投稿作

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