情熱の舟
「わたし、アイツになら食べられていいのに」
川岸の狼を見つめる山羊は、木に括られながらそう言った。
「俺が困る」
人の色恋に自分の生き死に譲れるほど、俺は人間できちゃいないな。なんて考えながら川を戻る。
「いっそ俺に食われちまえよ」
わざとらしく下卑た笑みを狼は見せた。
「誰のおかげで生きてられると」
俺は狼の前で笑った記憶なんて無いのに。と、すこし考えていたら川向かいの山羊と目があった。
「あ〜あ、お腹減った」
すこし離れた木に狼を括り、今度は山羊を連れて川を戻る。
「草生えてただろ」
「キャベツ食べたいなー」
「贅沢言うな」
「きっと、アイツもお腹空かせてるよぉ」
おそらく狼は餓えに逆らってでも山羊を食べないだろう。俺も狼も山羊も、ましてやキャベツだって、生きるために俺の命にぶら下がっている。みんな一人じゃ生きられない。
山羊に食べられないようキャベツを抱えて川を渡る俺は、一枚剥がして食べる。苦くて甘い。
「食うなよ」
そう言ってキャベツを置いたら、狼はつまらなげに遠吠えした。
黄昏の中、山羊を迎えに俺は川を戻る。生きるために俺たちは、川を渡り、また歩きはじめる。
超短編 500文字の心臓
第119回競作「情熱の舟」参加作
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