5月を通過後

 麗らかな初夏の日差しの下、6月最初の花嫁が、僕らの目の前を歩き過ぎていった。
「クソ綺麗だったねぇ」
「それは褒めてんのか貶してんのか」
 菜奈の粗末な言葉遣いに茶々を入れつつ、通り過ぎた現実を目にしてもまだ、昨日までを引きずっている自分にぞっとする。
「『匡美様』って感じだったね」
「あんな厭がってたのにな」
 恋心と呼ぶには淡く、もっと性欲に近しい下衆な感情を匡美に抱いたことがある。きっと、性愛の対象と距離が近づいた時、誰しもが抱く感情と信じている。僕だけの衝動とは信じたくない。
「どうして中野なのかな?」
「君キッカケでしょうに」
「そうだけど、それにしたって」
 菜奈の言いたいことがわかるから、僕は混ぜっ返すような言葉を口にする。つきあいは浅くなく、短くもない。深く話したくないだけ。
「しっかし、あちぃ」
「準備してる内に夏だぁねぇ」
「お疲れ様でございます」
 菜奈の荷物運びを手伝う僕を動かすのは、友情だろうか? 下心だろうか?
 二次会会場が見えて、段取り確認をはじめる菜奈へ相づちを打っていたら、まだ今年の半分にすら達していないと気づいてしまった。

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