河童

「サトちゃんのことッスか?」
「カワダテサト? うわっ、超ナツい!」
「ああ、いたいた。漢字が嫌いなヤツでしょ?」
 渾名を聞き、思い出した元クラスメイトたちにとって、カワダテの記憶は、一様に転校初日の自己紹介だった。
『カワダテサトです。漢字が嫌いなので、わたしをカタカナで呼んでください』
 小中高と一貫して繰り返された挨拶は、元クラスメイトたちに、深く、浅く、トラウマのようなものを残した。無論、掘り下げればエピソードはいくつも出てくる。遊び、恋愛、イジメ、修学旅行、エトセトラ。しかし、どのエピソードにも自己紹介は勝った。つまり、転勤族の父に連れられ、2年程度で転校を繰り返したカワダテは、元クラスメイトたちにとって自己紹介と、付随する事実でのみ記憶される存在なのだ。
 そうして積み上がったイメージが、カワダテをあのような犯罪へ走らせたと書くつもりはない。その程度の予定調和は夕刊紙で充分だ。ここで重要なのは、スタートから望んで学校教育というフレームワークを逸脱したカワダテサトが、元クラスメイトたちに、あたかも異生物のように記憶されている事実だ。事実だ。現実だ。

超短編 500文字の心臓
第121回競作「河童」参加作

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