暗闇でキッス 〜Kiss in the darkness〜

 僕は手を伸ばす。つられて空気が震動し、僕はそれを感じ取る。光の無い世界で輪郭しか認識できない僕らは、そうやって互いの距離を近づける。永遠に届かないとか拒絶されるとか、僕はいつもそんなことで頭をいっぱいにして、手を伸ばす。
 先行する空気が干渉を越えて、指が絡んで、考えるよりも速く互いの座標を引き寄せる。きっと吐息が届く距離まで僕らは引き合って、互いに触れた。つながったなにかが僕であると、彼女であるとたしかめるため、僕らは互いの輪郭をなぞる。なめらかだけど吸い付くような肌。柔らかな産毛が心地好く、そこで僕の手は一瞬止まる。細く短い腫れ。傷?
『痒かったから。花粉症デヴュかな』
 彼女が僕をなぞる手は止まらず、言葉なんか存在しないから、想いは確実に届く。彼女の精一杯なジョークは僕を照れて微笑ますけど、やっぱり輪郭は変わらない。
 僕は輪郭を彼女と決定し、彼女は輪郭を僕と決定する。境界線みたいな輪郭を引き寄せ、温もりが、熱が触れた皮膚の向こうで昂る。肌と肌が重なって、まるで最初からひとつだったみたいな離れ難さが心を占める。離したくないと強く思う。
『これって口づけ?』
『たぶん』
 この輪郭は、僕の。

妖怪サークル『夜道会』 201005へんぐえ特別投稿作

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