円 -musobana ver-

「ああ。ジョナサンのことは知ってる。この辺を飛んでんのに、知らないヤツはいないんじゃないの?」
 ぐるぐると上昇気流に乗りながら、彼女は前だけを見て、そう言った。西陽が時おり目に入り、もうすぐ夜が訪れるからラストフライトになるだろう。
 声は等速で拡散していくが、声の主も空気も流れていくので、弱く低く響く。
 飛んで飛んで飛んで飛んで、彼女は群生する夢想花や、炎を囲む人々や、カルデラの湖。手をつないで踊る人々や、風化した岩に意味を見いだす。すべては飛ぶことに直結し、新たな意味を手に入れる度、遠くまで飛べるようになると彼女は言う。
「回って回って・・・やっぱり好きなんだと思うよ」
 2πrの中でなら、ジョナサンに追いつけなくても、ジョナサンに追いつかれるかもしれない。周回遅れの声が、流された末に今と接続して新たな意味を持つ。
 ぐるぐると交わした会話は、宇宙から見れば点にすぎない。暮れはじめた空は、宇宙との境を失いつつある。きっと声は果てなく遠くまで届くだろう。世界は広し。

超短編 500文字の心臓
第137回競作「円」未投稿作

トップ > 空虹桜短編集 バージェス頁岩 > 円 -musobana ver-
空虹桜HP アノマロカリスBANNER
(C) Copyright SORANIJI Sakura,2015
e-mail bacteria@gennari.net