妄想と競走
元IRAを名乗るじーさんは、素面の時でさえ耄碌してると見なされちまって、ちっとも取り合ってもらえないから、酔った勢いで俺なんかに話しかけてくる。
「シャーガーを食べたんだよ」
アイリッシュダービーを勝った勢いで、エプソムダービーを10馬身千切った馬なんだから、さぞかしウマかったに違いない。駄洒落じゃないぜ。
「血生臭くて、食えたもんじゃなかったわ」
たしかに赤肉だから、しっかり血抜きをしないと臭みが残るだろう。けど、そんなこともわからず食うか? 普通。じゃあ、タテガミは? タテガミ。
「鬣なんて食べられるか! 俺は、四本脚なら椅子でも食っちまうアジアンじゃないんだ」
IRAがシャーガー一頭で請求した身代金は200万ポンド。対して、シャーガーのシンジケートに保険屋が支払った総額は700万ポンド。貧乏人は腹を膨らませ「まずい」と言い、金持ちは財布を膨らませた。浮かばれないな。シャーガー。
ちなみにだ、食ったっていうシャーガーは何色だった? じーさん。
「見事な桜色だったよ」
じーさんは言って、ニヤリと笑うと、ブッシュミルズを一口。
あの見事な鹿毛をどうして、つか、待て。じーさん、ニップスかよ!
超短編マッチ箱西荻出張編「アイルランド文学と超短編」
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