ねぇ
彼女のハスキィな声が、記憶のクセに僕の心を揺らす。
新幹線はいくつかのトンネルを抜けて、雪原を走る。彼女が帰った故郷とは真逆へ向かって。
僕と彼女が離れた理由はありふれていて、友達の慰めは月並み程度でしかなかった。僕に相応しく、彼女には失礼な月並み。
結露した新幹線の窓に頭を預けて、もう一度聴きたいと記憶を漁る。けど、そういう時に限って見つからない。
不意にネクタイをし忘れたことに気づき、初めて訪れる東北の中都市で、先方との待ち合わせまでに、そんなものを調達できるのか? と、詮ない不安に襲われる。
思考の隙間に彼女の声が忍び込む。
弱いところひとつ見せてくれなかった彼女が、あっさり故郷に帰るなんて思いもしなかった。
車内アナウンスが中都市の名を告げ、出張とはいえ、演歌じみた現実を自嘲する。
彼女の声で君に甘えられたかったんだ。もっとずっといっぱい。その言葉で君に甘えたかったんだ。
新幹線が止まる。ドアが開く。
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