序曲 -Begins-

 彼、もしくは彼女。いずれにせよ、ここで性別は重要ではない。性別に依存しない三人称単数代名詞が存在しない以上、あるものを使うしかない。以降は、一文字すくない「彼」を用いる。
 彼に流星のような閃きがあった。いつものように木の実と幼虫を食べていた時だ。きっと、どちらかに幻覚作用があったに違いない。
 彼の閃きは、すこしずつ彼を変容する。閃きに支配される感触があり、同時に、彼は自分について考える。日々の狩猟採集を怠るようになり、飢えが体を支配する。思考と体の分裂に気づいた頃には、彼はかなり痩せ細っていた。
 彼は、彼の中にある閃きを追い出さなければならないと考える。追い出さなければ動けなくなると気づく。「死」の概念は、まだ彼に無い。
 辛うじて残る力で彼は歩きはじめる。彼の閃きは彼から吐き出されたがっている。彼はそう感じる。だから歩く。空腹も彼を動かす。そして彼はつまずく。ふらめきながら彼は立ち上がると足跡を認める。痕跡ならば残せると気づく。閃きを越える閃き。
 すべての物語は、こうしてはじまり、彼の痕跡をなぞる。

超短編 500文字の心臓
第143回競作「序曲」未投稿作

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