舌のための戯れ
「お呼びでしょうか」
鹿威しにあわせたかのように障子を開いた料理長は、顔をあげると、そう言った。
「これはなんだね?」
「山若布です」
間を開けず料理長は答えた。
「だから、その山若布とはなんだね?」
「木耳のように山で取れる若布です。木耳と違い本物の若布と99%DNAが一致しております」
上座の苛立たしい口振りに付き合わず、料理長は説明を続ける。
「三倍体ですから、そのままですと大きす」
「そうじゃない!」
「外にはマスコミもおりますので、どうぞ大きな声は出されませんように」
料理長が声を潜めたので、空気に滲んでいく怒りの気配は不審に濃くなる。
「わかっていてこれを出したのだね?」
下座から声が掛かる。
「自分の舌でたしかめた食材だけを出しております」
「では、なぜ?」
「うまかったから。ただ、それだけです」
鹿威しに続いた沈黙が、暫し支配した。
「いかん」
「意図せぬ品種改良ですが、NDでしたし、直ちに人体への影響はありません」
「うまいのか?」
上座の残響は鈍い。
「絶品です」
漆器に箸が触れ、啜る音。
「たしかに」
どちらかの小さな声は、鹿威しに消された。
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