水浪漫

 こういうときは、いつも祖母の言葉が蝸牛の辺りをぐるぐると回る。

「涙はね、いつか誰かを悲しませるの」
 枕元で半べそをかいていたわたし。白く細いその腕を伸ばす祖母。
「蒸発して、雲になる。雨になって、川を流れて、涙は誰かに還るのです。そして涙は、また誰かから流れるの。だから、あなたは泣いちゃいけません」
 白く細い腕でぬぐわれるたび、わたしの目からは涙が溢れた。
「仕方のない子・・・いいかい。今日を限りにするのよ」
 いつの間にか祖母も泣いていた。

 そんな祖母も、今はもういない。
 いつのまにかわたしの腕は白く細くなっていて、あの日祖母を泣かせた涙は、なかなかわたしに還ってこない。
 祖母の言葉が蝸牛の辺りをぐるぐると回る。
 孫娘が枕元で半べそをかく。
 おかえり。わたしの涙。もう少し早く還ってきても良かったのに。

「涙はね―」

超短編 500文字の心臓
第29回競作「水浪漫」参加作を一部修正

(ケータイ)トップ > 空虹桜超短編集 エディアカラ > 水浪漫
(パソコン)トップ > 空虹桜短編集 バージェス頁岩 > 水浪漫
空虹桜HP アノマロカリスBANNER
(C) Copyright SORANIJI Sakura,2003
e-mail bacteria@gennari.net