スクリーン・ヒーロー

 ほんのついさっき、数分前まで真っ白で真っ暗だった世界に、わたしはいる。軽いのにしっかり芯がある新雪を踏みしめ、本物の最北端目指して歩いている。
 足音も星々も煌めき、もちろん吐く息だってしんと凍てついて、固く凛と軟らかい高周波を奏でる。今・過去・未来、すべての時・世界と空続きなのに、眼前に広がる白銀は美しい。
 180度、全天を遮る障害の無い雪原に、今、わたし、一人。
 黒く明るい天然の銀幕に、再演の無い光のレヴュがはじまる。わたしのためだけに太陽が脚本を書き、わたしのためだけに地球が演出をした、静寂のレヴュ。能のごとくしなやかにゆらめき、京劇のごとく絶え間なく移ろう絵巻物。熱く冷たく、薄くて厚い非生物の脈動は、ヒロインたる唯一の観客を独占し、めぐって、輝く。
 英雄たちの葛藤は太陽の息が続くまで、地球の衣が朽ちるまで、あるいは、わたしが黒く凍りつくまで続く。つまり、まさしく渦中のわたしは生きている。
 今、生きている。

超短編 500文字の心臓
第82回競作「スクリーン・ヒーロー」投稿作

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