赤春
気持ち良い天気に絆されて、妻の自転車に跨がった。本当に久々。たぶん、40年ぶりぐらい。働いている間、自転車に乗る機会なんて無かったから。
体が覚えているって噂の通り、漕ぎ出してみれば感覚はあっと言う間に10分強の近所一周。庭木やら花壇やらの色彩が懐かしくも鮮烈で、もっと見たくなった。
「乗るか?」
洗濯物を取り込む妻にそう声を掛けてしまったのは、陽気のせいだ。
「どこに?」
「後ろに」
ちょっとだけ照れくさくなって、足元を見る。もう何年、ジーンズを履いてないだろう?
「大丈夫ですか?」
「なにが?」
「重たいですよ」
「いいから」
ペダルに足をかけ直す。ガシッとチェーンが噛んだ音を骨伝いに感じる。顔を上げて妻を見る。
「行くぞ」
「はいはい」
仕方ないなとばかりに妻が微笑む。可愛いと思う。
「由紀子」
無意識に妻を昔みたいに呼んでいた。
「ちゃんと掴まれよ」
「はい」
言ったら途端に腰をギュッと抱かれて、やっぱり好きな自分に安心して、さぁ、出発!
「超短編の世界vol.3」未掲載作を一部修正
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