誰かがタマネギを炒めている - ラストピースedit.

 ゴマ油でもオリーブオイルでもなく、ましてやバターでは決してない。サラダ油だな。そう知覚する。知覚はまるで直感のように理解され、その独特の匂いよりも先に油の種類を把握する。
 拘束されて、何日か経っている。ほんのりと陽が差し、暮れて、陽が差したから、それはわかる。垂れ流した尿は乾燥し、臭いを発しているからそれがわかる。しかし、その臭いとあの匂いは溶け合わない。
 世界は、おそらく平和だ。こういう匂いは平和だからだ。どこかの不穏は嗅覚の安定に駆逐される。暴力的に、平和や安定は提供される。語義は常に矛盾する。
「生だと辛いけど、火を通すと甘くなるから不思議だよね」
 古い、彼女の言葉を思い出す。いつも堪え性が無いから焦げて苦くなってしまっていた身空としては、飴色まで丁寧に火を通し、甘みを出していた彼女に尊敬を抱いていた。そんな彼女も、他の誰かと結婚して子どもを授かったと聞く。
 やはり、世界は平和だ。
 何時までこうしているかはわからない。ただ漠然と、死が近づいているのは理解する。音もなく、影もなく。脅すこともなく。ただ、近づく。平和な世界で、死だけが親しい。
 つまりは単純に、自分は世界に認められなかった。それだけのこと。

超短編 500文字の心臓
第187回競作「誰かがタマネギを炒めている」未投稿作

トップ > 空虹桜短編集 バージェス頁岩 > 誰かがタマネギを炒めている - ラストピースedit.
空虹桜HP アノマロカリスBANNER
(C) Copyright SORANIJI Sakura,2022
e-mail bacteria@gennari.net