誰かがタマネギを炒めている - 生きとし生けるedit.

 おそらく、騒々しい日々が終わった。真新しい血や草木の燃える臭いはしない。新芽の匂いが仄かに漂う。
 空腹に支配されているので、間違いなく、わたしは生きている。
 目につくものは、たいてい食べた。普段は気にも止めない小さな虫から、孵ったばかりの動物。木の皮さえも。けれど、一番おいしそうだった肉片は食べられなかった。
 ママさんの脚みたいだったから。
 誰かの家の跡で、赤茶色の球根を踏み潰した。
 食べられるか嗅いだら空腹が拒絶する。厭と言う。混沌とした意思が、さらに乱れる。いよいよ狂ったか? 怖さすら感じられず死ぬのか?

 唐突に、本当に唐突に、ママさんの声がして、そちらへ鼻を向けると何度も嗅いだ匂いがした。ママさんがご飯の用意をしている時の匂い。ママさんがいて、パパさんがいて、しつこくモシャモシャしてきたお嬢さんがいた、あの頃の匂い。何度おねだりしても「駄目」と叱られた、あの頃の匂い。
 遠吠えが必要だ!
 わたしはここにいる。あの頃はそこにある。ママさん。パパさん。お嬢さん。帰りたいよ。会いたいよ。生きたいよ!
 さんざ啼いて、啼いて、啼き疲れてわたしは潰れた赤茶色を食べた。
 もう、生きるしかない。

超短編 500文字の心臓
第187回競作「誰かがタマネギを炒めている」参加作

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