テレフォン・コール

 この部屋に入ると、いつも頭の中で「Walk This Way」が流れる。オリジナルではなくRun-D.M.C.の方。黒人が白人をサンプリングすることで、世界が変わったことになった時代の。
 ワイヤードの電話が鳴る。シミュレートされるメロディではなく物理的な衝突音。アナログな連続音。黒くはないし、ダイヤル式でもないが、たしかに繋がれた受話器を取る。
 前時代的な部屋に潜む、下種な欲望と嘆息で育った黴たちが色めく。あと20年もすれば、こいつらも貴重な風俗遺産か。くだらない。
 受話器から吐息だった振動が吐き出され外耳を舐る。ディジタルとアナログを行き来した上で鼓膜に触れる。マイクは口に近すぎて、スピーカは耳に近すぎる。過剰なリップノイズが聴覚中枢をいたぶる。
「合言葉は?」
 機能だけで、平板なガジェットは、この感覚を満たせない。受話器はいい。受話器は。受話器は。

超短編 500文字の心臓
第152回競作「テレフォン・コール」参加作

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