神様にありがとう
パブの壁に掛かったテレビから、周りから、大きな歓声が上がり、隣のテーブルの老婆は、小学生のように跳び跳ねたと思ったら、わたしにまでハイタッチを求めたので、ぎこちなく応える。
「見た? 今のゴール! ウチの子ったら素晴らしいわ!!」
一通りはしゃいでから、わたしに向かってそう言うと、老婆はようやく座った。
テレビに映っていたのは、イングランド代表の俊英で23歳。すこし考えてから、気づいて、老婆の隣に席を移る。
「いくつの時から彼をご存じで?」
「小学校へ入る前には、アカデミーのグラウンドでボールを蹴っていたわ」
テレビから目を放さず老婆は答えたが、先を促さずとも、彼女の口から彼の思い出が溢れ出た。
彼は17でイングランドからスペインに渡った。だから、老婆の話は途中から練習風景が失われて、試合が中心となる。試合のテンションに同期しながら、老婆は無償の愛といった趣で、試合終了の笛までを語り切った。
「素晴らしい『息子さん』ですね」
老婆に握手を求めながら、わたしはそう言った。
「あなたの『息子さん』もね」
不意を突かれて、一瞬、涙腺が緩む。
テレビの中で、彼女とわたしの『息子』がユニフォームを交換した。
W杯開催記念書き下ろし
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