たぶん好感触 -blue forest edition-

「おじょうさん、蜜柑食べます?」
 3月も終わり近いのに、吹雪いて真っ白な景色を見るとはなしに見ていたら、隣に座るおばさんに声をかけられた。
「遠慮しないで、勿体ないから食べて」
 耳慣れぬイントネーションに抵抗を感じつつも、鼻を突く蜜柑の匂い。たどるように視線を動かすと、簡易テーブルの上に黄色い球体。
「余り物で悪いんだけど、お願いだから」
 新幹線で八戸まで3時間。そっからさらに特急に乗り換え、青森じゃスウィッチバックまでして、もうすぐ赴任地。
「じゃあ・・・ありがとうございます」
 辞令で初めて聞いたような町。軽い失望。弘前なんて、一生縁がないと思っていた。
 親指の爪を軽く立て、皮をめくる。林檎だったら手で剥けないよなぁ。
「あっ」
 ドキッとおばさんの顔を見たら、おばさんは窓の外を見ていた。
「今さっきまで吹雪いてたから、岩木山見えるなんて思わなくてねぇ」
 わずかに照れた表情のおばさんに、愛想笑いがてら外を見ると、小降りになった雪とおそらく林檎だろう木々の向こうに、空を見上げるような山。
 建物の陰に顔が隠れても、わたしはずっと岩木山の方を見ていた。

超短編 500文字の心臓
第86回競作「たぶん好感触」未投稿作

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