とりからばや物語

「はい。ざんき」
 あの時、怪訝な顔をした旦那の顔を今もハッキリ覚えている。
「ざんき?」
「ざんき」
 つき合いはじめて三ヶ月ちょっと。初めて手料理を振る舞うシチュエーションがきて、リクエストも聞いたし、それなりに気合いも入れて時間もかけた。
 不審そうに箸を伸ばし、
「骨付きかぁ」
 なんてボヤきながら、旦那は最初の一個を口へ運んだ。
「ほえふほぁ」
「なに言ってるかわかんない」
「・・・これなに?」
 骨に付いた肉を食べきってから、旦那は言った。
「ざんき」
「ざんきねぇ・・・」
 スマフォを取り出すなり何度かタップするから、幻滅と、なにより自分の男を見る目に泣きたくなった。
「なるほど。そういうことか」
「なにが?」
「日本語って難しいな、思って」
「彼女に初めて手料理食べさせてもらって、言う台詞がそれ?」
 感情をできるだけ殺して言ったのは、もう別れる気になっていたからだけれど、部屋を知られてしまったからには、迂闊な真似はできないという危機感もあった。
「しほさん、今治出身だもんね」
「それがなに?」
 次のざんきに手をのばし、ほおばりながらニコニコ言うものだから、幻滅の追い討ちに、じっと堪えていた。
「北海道だと『ザンギ』って濁るんだけど、今治じゃ濁らない、似て非なる食べ物になるって、初めて知ったよ」
「へっ?」
 なにを言われたのか、まったく理解できなかったので、人生史上一番酷い声で返事をした。
「おいしいよ。ありがとう」
 その日から、節目のテーブルに、ざんきを並べることになったのは言うまでもない。

文芸アンソロジー トリカラ」未採用作

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