水溶性
彼が席立った隙にグラスへ投下。かき混ぜずとも消え去った無味無臭のサラサラは、なにを話しても面白くできないあたしの話で彼を笑わせる。
もともとサラサラはこんなつまんないノンフィクションだ。
都内某地下鉄駅。ちょっと古めの路線からちょっと新し目の路線への乗り換えに歩く300m強の廊下。通路。ストリート。そこにひっそりと、しかし、明確な通行の妨げとして、救急用の担架が匣に入って眠っている。横たわってる。
朝。通勤途中。平日。いた。匣の上に。なにが? ぬいぐるみが。ブタのぬいぐるみが。鎮座していた。降臨していた。あたしの方を向いて。直感的にテロだと思った。きっと東京の地下にあるすべての担架匣にブタのぬいぐるみは顕現なされて、それが秘密組織へのシグナルなのだ。実行の合図なのだ。手垢か埃かなにかで黒ずんでるけど。
でもあたしは、三度見したって歩くことを止めない。遅刻できる余裕はない。
笑わせっぷりは粒度と思いの丈に依存するから、吐いて天日(自然乾燥だとサラサラ度UP!)で一週間ほど乾かしたら、擂り鉢で丹念に細やかに擂る。イメージして。笑顔。見たことないけど。笑って。ねぇ。あたしの前で。お願い。
超短編 500文字の心臓
第92回競作「水溶性」投稿作
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