>ゆっくり大王<
この島にはあらゆる不発弾が流れ着く。飛べ沢君は障害児だった。彼は隔離されたこの島に独りいた。飛べ沢君は不発弾の手触りが大好きだった。人を殺し損ねたくせに間抜けに輝く新しい銀色はとても愉快だったし、爆発も所詮一つの選択肢でしかないといった具合にざらざらと錆びた魚雷だってお気に入りだった。飛べ沢君は病気の子だった。地雷を踏まないようにけんけんぱをして遊んだ。飛べ沢君は運動神経が良かったので地雷を踏まなかったけど、それでも何度か踏んでしまうことがあった。何かを耐え忍ぶようにじっと地面の中に隠れ続ける地雷を飛べ沢君はよく棒で突付いた。ある日ミサイルを山の上から転がして、どちらがふもとまで早く辿り着けるか競走した。ミサイルは途中にあった大木に当たって爆発し、飛べ沢君はすぐ死んだ。まず地雷が吹っ飛んだ。それはバンザーイと聞こえた。さまざまな不発弾は思い思いに爆発した。あの哲学者の魚雷でさえ爆発せずにはおれなかった。飛べ沢君は虐められっ子だった。みんなに嫌われていた。だけど最後まで何も言わなかったし、いつだって静かに暮らした。僕は飛べ沢君をとても男らしいと思う。
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>根多加良<
ある日、宇宙からひらひらと超々音波がこの街に届いてコスモスが狂った。
コスモスの共食い。コスモスを肥やしにして生きるコスモスは、やがて苗床となってコスモスを咲かす。コスモスの上にコスモスが生えるとコスモスの二乗となる。茎と根はアルミニウムより強度があり、ゴム並みの弾力性を持つ。花びらの色は濃く、ミツは痛いほどの甘さと酸っぱさ、栄養価も豊富。六代前のコスモスの花は平均して三十センチ程度だったのに、今では一メートルを越えるものもざらにある。時々、乾燥させた茎で編んだ家にその花びらをニ、三枚持ち帰り、包まって眠る。最初は香りが強いかもしれないが、深呼吸を三回やれば気にならなくなる。細かい産毛に皮膚を刺激されながら、目を閉じるとこのコスモスたちが小さかったときのことを思い出す。
夢の中で子供の俺はコスモス畑を歩いている。だが今は花に挟まれているのだ。
あのときコスモスは小さかったが、そのとき俺も小さかったのだ。
コスモスは重なって、乗算されて大きくなった。たぶん俺の身体も上から俺が重なって、乗算されて大きくなっているにちがいない。重ねられたゆらぎが孤島となった街を包むよ。
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