>マンジュ<
フローリングは窓越しの陽射しを受けて温かい。お尻をつけて坐りこみ爪を切る。跣の両足で開いた本を押さえ。蹠に乾いた紙の感触。指の形に沿って爪切りを動かしてゆくと、弓形に切られた爪がぽつんとページのあいだに落ちる。一枚爪を切るたびわたしはページをめくる。
ふいに名前を呼ばれて顔を上げた。彼だ。爪を切っているの。ううん。本を読んでいるの。ううん。
それきり彼は困った顔をして黙りこんだ。本当に訊いてほしいことを彼は訊かない。わたしもまた黙りこみ、爪を切る作業を再開した。一枚切る、ページをめくる。切る、めくる。切る。めくる。切る。彼の視線はずっと、うな垂れた頸筋に感じている。
すべての爪を切り終えればわたしは本を閉じ彼の前に立つ。明日仕事に行く電車のなかで読んでみて。とても面白い本だから。わたしは猫撫で声で本を彼の胸に押しつける。あいだに挟まった爪がページを貫きちくりと彼の胸を貫く、そんな妄想を抱く。そう、それは本当に莫迦げた妄想だ。けれどもたしかに彼は痛みをこらえて顔をしかめた。
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>白縫いさや<
「本は扉」「どこに通じているの?」「あらゆる物質的連鎖の彼方よ」
姉がうっとりと瞳を閉じるので、妹は思わずぼくをぎゅうっと抱きしめた。
数日後、姉は本の中へ蕩けてしまう。
妹は家に一人残される。大人たちは姉を探して家の外。ぼくは放られ床の上。
「姉さんは帰ってくる」なんで?「姉妹だもの、わかるよ」
一ヵ月後、大人たちは人形を買って帰宅する。姉妹の部屋に侵入するとプラスティックの箱から人形を取り出し、ぼくと並べて座らせた。
大人たちが出て行くと、妹は人形を抱き上げる。「おかえりなさい、姉さん」
それから妹とぼくは、人形になった姉から旅の話を聞いた。妹が眠った後もぼくらは肩を並べていろいろな話をする。
「ねえこのお話のタイトルを教えて」
「ぼくはただのぬいぐるみだ。わからないな」
「じゃあここはあなたが在るべき場所じゃないのよ」
姉の新品のグラスアイが開かれたままの本を映している。挿絵は小高い丘の塔と満月だ。
「あの塔のラプンツェルはね」姉は溜息をついた。「ちゃんと自分の名前がタイトルだって知っていたわ」
探しに行きましょうよ。私とあなたと、あの子の三人で!
挿絵の満月がたぷんと揺蕩う。
そしてぼくの腕はぴくりと動く。
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