MSGP2006 エクストラマッチ
ドリームマッチ 2ndweek
5th Match「ページの向こうに」

Draw マンジュ 4-4 白縫いさや Draw


>マンジュ<

 フローリングは窓越しの陽射しを受けて温かい。お尻をつけて坐りこみ爪を切る。跣の両足で開いた本を押さえ。蹠に乾いた紙の感触。指の形に沿って爪切りを動かしてゆくと、弓形に切られた爪がぽつんとページのあいだに落ちる。一枚爪を切るたびわたしはページをめくる。
 ふいに名前を呼ばれて顔を上げた。彼だ。爪を切っているの。ううん。本を読んでいるの。ううん。
 それきり彼は困った顔をして黙りこんだ。本当に訊いてほしいことを彼は訊かない。わたしもまた黙りこみ、爪を切る作業を再開した。一枚切る、ページをめくる。切る、めくる。切る。めくる。切る。彼の視線はずっと、うな垂れた頸筋に感じている。
 すべての爪を切り終えればわたしは本を閉じ彼の前に立つ。明日仕事に行く電車のなかで読んでみて。とても面白い本だから。わたしは猫撫で声で本を彼の胸に押しつける。あいだに挟まった爪がページを貫きちくりと彼の胸を貫く、そんな妄想を抱く。そう、それは本当に莫迦げた妄想だ。けれどもたしかに彼は痛みをこらえて顔をしかめた。

>白縫いさや<

「本は扉」「どこに通じているの?」「あらゆる物質的連鎖の彼方よ」
 姉がうっとりと瞳を閉じるので、妹は思わずぼくをぎゅうっと抱きしめた。
 数日後、姉は本の中へ蕩けてしまう。
 妹は家に一人残される。大人たちは姉を探して家の外。ぼくは放られ床の上。
「姉さんは帰ってくる」なんで?「姉妹だもの、わかるよ」
 一ヵ月後、大人たちは人形を買って帰宅する。姉妹の部屋に侵入するとプラスティックの箱から人形を取り出し、ぼくと並べて座らせた。
 大人たちが出て行くと、妹は人形を抱き上げる。「おかえりなさい、姉さん」
 それから妹とぼくは、人形になった姉から旅の話を聞いた。妹が眠った後もぼくらは肩を並べていろいろな話をする。
「ねえこのお話のタイトルを教えて」
「ぼくはただのぬいぐるみだ。わからないな」
「じゃあここはあなたが在るべき場所じゃないのよ」
 姉の新品のグラスアイが開かれたままの本を映している。挿絵は小高い丘の塔と満月だ。
「あの塔のラプンツェルはね」姉は溜息をついた。「ちゃんと自分の名前がタイトルだって知っていたわ」
 探しに行きましょうよ。私とあなたと、あの子の三人で!

 挿絵の満月がたぷんと揺蕩う。
 そしてぼくの腕はぴくりと動く。

不狼児
2006/10/05(Thu) 17:30
うーん、あんまり勝ち負けをつけたくない気分。
いさや作、正直、普段はあまりピンとこない存在なんですが、ぬいぐるみ。これはもう全然違う。奇妙な軽さが、今まさにページをくぐりぬける臨場感を引き立てているのではないかと。
マンジュ作。爪の切ったのは、あれは痛いです。ただ痛いのではなくて、体の一部でありながら、既にそうでなくなったものの違和感と言うか、これにページの向こうがからむと、これまたいちだんと不可解。魅力的です。

勝者:マンジュ

マンジュ
2006/10/05(Thu) 13:37
 感想のみで。サブタイトルとかすっかり抜け落ちていて、気がつけば「陽あたり良好!」っぽい自作。えへ。それは置いておいて。
 やはり「あらゆる物質的連鎖の彼方よ」、このひと言に尽きるのかな。これはよい。ちゃんと月だし (笑)。出てくる童話のタイトルがラプンツェルなのもよいですな。「ぼくはただのぬいぐるみだ。〜」の一文がやや説明的な気がしてちょっと引っ掛かったりもしたのですが。でもそれ以外は。
 お手合わせありがとうございました。
 ちなみに。爪はエロアイテムの必須ですよ? (笑) と私はかつて夢野久作[けむりを吐かぬ煙突]を読んで「爪エロー!」と思ったわけですが。

hyo+tan
2006/10/04(Wed) 23:11
勝者:白縫いさや

またまた迷う〜。
なんちゅうか、いさや作にはこれまであまり感じたことのない迫力、気迫のようなものを感じてしまい、そこにちょっと、否だいぶ惹かれてしまいました。
大人と子供、人間と人形のの対比が、ページの向こうとこちらの対比と合わさって、えもいわれぬ雰囲気。

マンジュ作も素敵。女の嫌なとこが。(笑)
彼はなんだか捉らえ所のないキャラクターだけども、ページの向こうを見た彼には何か変化があるんじゃないか、と期待してしまう。その期待感は、マンジュ作ならではの味わいでございます。

瀬川潮♭
2006/10/04(Wed) 13:13
勝者:マンジュ

 ページの向こうとこちらの出し入れにやられました。そしてこの作品もまた。
 いさやさん作。「物質的連鎖の彼方」にやられました。うまく作品全体に機能していると思います。が、今回「よりイメージっぽくないものを」という明確な評価軸を事前に設定していたため、結果はこれで、ゴメンナサイ。

空虹桜
2006/10/03(Tue) 21:13
勝者:白縫いさや

マンジュ作:この感触は、U・Bさんが好きそう(笑)個人的には、彼視点から同じシーンを書きたくなったりもします。

白縫作:基礎教養の無さがひしひしと・・・やっぱ、応用から思春期に入った人間だと、辛いなぁ。
最後の2行は置きにきた感がするのだけれど、全体に満ちる遠近法なんか無いかのような見透せる感!

脳内亭
2006/10/02(Mon) 17:49
 ペイジの向こうにはプラントが(すいませんすいません)。

勝者:マンジュ

 マンジュさん作:タイトルからは若干離れてるかなぁという印象。なんですが。
いや、すばらしいです。リーグ戦ドリームマッチ通しての☆を謹んで進呈したく思います。体感を刺激されるかどうかが、私の重要な評価軸なので。
 いさやさん作:うーんと、いまいちよくわからなかったです。というか、登場人物たちの年齢設定の曖昧さとか、本筋と関係なさそうな処であちこち混乱してしまい、すんなりと読めませんでした。「ぼく」がぬいぐるみだというのはすぐにわかったんですが。

 すいませんいさやさん、相手も私も悪かったって事で。マンジュに一票。

はや☆かつ
2006/10/01(Sun) 21:19
時間がなくなりそうなのであわてて。でもシビアに。

勝者: 白縫いさや

いやもう言うことありません。確かに初読の序盤では「ぼく」が誰かはわかりませんが、それすらも味わいのうち。ページの向こうに連れ立って行く旅の予感と変化の予感と。素晴らしいです。マンジュ作、相手にこう出られてはさすがになす術がなかったか。この繊細な風合は買いなのですが(でもエロくはないと思います)。

いさや
2006/10/01(Sun) 01:07
 感想のみで。
 お手合わせありがとうございました。
 そして、えろ。えろいなー。えろえろだなー。図書館や菩提樹と並んで、爪はえろい、と覚えてしまいましたよ。爪に罪はないのに。

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