>マンジュ<
敗戦の傷跡は深く至る場所をえぐっている。一番街は僕の住む場所だ、かつては華やかだった、けれど今はどこもみな薄昏い。皇族は見せしめに公開処刑され、広場の敷石は赤く染まったまま落ちない。三人きょうだいでいちばん下だけ女の子だった。話したことなんてもちろんありはしなかったけど、僕は彼女が好きだった。
配給されたわずかな食糧の包みを抱え、僕は一番街へ向かい広場を歩く。名前も知らない大きな樹が赤い敷石に薄い影を落としていた。すぐ傍に青い屋根の家が見え、屋根裏の小さな窓にも同じ色のカーテンがかかっている。よく知った場所だというのに、おかしなことに僕は誰がそこに住んでいたのか思いだせない。今もなお。
ときおり屋根裏のカーテンがゆらゆら揺れて奇麗な女の子が顔を覗かす。けれど女の子はこの家の住人ではない、そんなことだけは判る。覗いたと思うとすぐに居なくなってしまう。幻? そうかもしれない。願望? そうかもしれない。カーテンがゆらゆら揺れている。僕は彼女が好きだった。
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>瀬川潮♭<
最近この洋館に下宿をはじめた娘の私生活を天井から覗こうと屋根裏部屋に上ると、そこに娘がベビードールに身を包んで天蓋付きベッドにしなだれ微笑していた。目が憂いを帯びながら「いかがしました?」と瞬いた。
「あの、ここは屋根裏じゃないんですか」
気圧されどもる。
「屋根裏に天井はないでしょう」
けだるそうな声。見上げると確かに天井があった。屋根裏への入り口もある。「失礼しました」と上る。
「ごきげんよう」
そこにはまたも娘。安楽椅子にペチコート姿のまま股を広げてほくそ笑んでいる。
「屋根裏」、「上です」と天井の入り口を上ると、「どうしました?」と娘。ソファーベッドにがばりと左膝を立てて乗せ片肘、頬杖。ネグリジェさらり。やっぱり天井があって入り口を上る。娘。天井。
何回繰り返したかいつの間にか雲の上。
「父の無念は晴れたのか」
豪華な皇御座から薄いドレスをさらと鳴らして身を乗りだす娘。返答に困っていると、「ならば用無しじゃ。下がれ」。足元の雲が消えまっ逆さま。
と、ここで目が覚めた。
やはり男は出世だと、下半身とともに熱く天井を仰ぐ。娘の部屋は1階上。ことりと気配を感じまた熱く上に伸びる。
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