>マンジュ<
午后三時。青年がとんがり帽子をちょいと曲げ、ぴかぴか銀色に輝く上等の笛を吹くと紅茶たちはテーブルの上のポットからいっせいに飛びだし、アッサムは兎になりセイロンは小鳥になりダージリンは鼠になって青年の笛のもと目指して町なかを一目散に駆けてゆく。
たぷぴとぽつん。
青年の横では小さな痩せた子供たちが長い長い列になっていて、木の幹をくり貫いて手ずから作ったさまざまのカップをしっかり両手でくるんで持っている。駆けてきた紅茶たちは子供たちのカップ目掛けて次々飛びこむ、たぷぴとぽつん、飛びこむと同時にきらきら輝くおいしい紅茶に戻ってしまう。
青年はとんがり帽子をちょいと正し、ポケットからとっときのバタークッキーを取りだして振る舞い、子供たちはみんな笑顔になって、がやがやと愉しいひとときのティータイムを過ごす。
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>白縫いさや<
電車で七駅の小さな町の、隣町と殆ど境目にある美術館に、私は彼に手を牽かれてやってくる。入り口は無人であるが私たちはしっかりと料金を支払う。律儀だから。
普段、私は分厚い眼鏡を掛けているが「(眼鏡が)ない方が可愛い」と彼が言うので彼と居るときは眼鏡を掛けない。その代わりに彼が私の目になる。私たちは同じ目で同じものを見る。
「18世紀のフランスの貴婦人の絵だよ。シルクのふわふわのドレスで細かいレースがいっぱい。窓辺で籐椅子に座って窓の外を見ている。貴婦人の前には小さな円いテーブルがあって、ティーセットが置いてある。紅茶も手に付かないくらい、戦争から帰ってこない夫を待ち焦がれているんだ」
彼の説明を聞きながら私たちは毛羽立った緑の絨毯を歩く。沈鬱な空気だね、と囁き合う。
一時間ばかり歩きとおした後、私たちは美術館の裏の広場の斜面に腰を下ろした。喉が渇いただろう、と彼は陶器のカップに紅茶を注いで渡してくれる。しかし紅茶はすっかり冷えていて、しかも絵の具臭い。また盗んだんだね、と私たちは二人して寝転がり笑い合う。呆れるくらい青い空を白い飛行機雲が横断しているのが、かろうじて見えた。
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