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神田日勝回顧展 大地への筆触唸るバクテリア2020/07/03

神田日勝回顧展 大地への筆触」@東京ステーションギャラリー行ってきました。
中学ぐらいの時に神田日勝記念美術館に行ってるので、たぶん20年ぶりぐらい。
あの頃は、絵の見方というか、感じ方みたいのに無頓着だったので、今どう感じるか?が一番のテーマだったんだけど、そんなことより、神田日勝より歳上になってしまっていたという事実!
一番の衝撃。
「馬(絶筆・未完)」が東京に来てしまっているので、あの美術館は今なに展示してるのか疑問で仕方ない気もしますが、さてより、日勝がこれを描いた歳はとっくに俺過ぎてるんですよ。
なんなんだろうね?生きることって。
やはり無駄に生きすぎている感。
この距離感で「馬(絶筆・未完)」見れることなんて、まず無いんじゃないかというぐらいの近距離。で、しかも、入場制限かかってるから、独り占めできる時間長めだったりなので、下書き・下色に毛並みが増えていく過程を見ることができるので、想像する完成形との差分みたいのモノを見出しやすい。
つかね、その「馬(絶筆・未完)」にしろ、初期の「炭車・人」や「一人」みたいなリアルよりな作品にしろ、ポップ調になった「画室」シリーズや「室内風景」シリーズ到る構図の大胆なアンバランスさが特徴だし、実際のところ、それは根暗さみたいなとこに依拠してるんじゃないかと。
「アンフォルメ」として本展は括ってるけど、「晴れた日の風景」はともかく「人と牛 A」や「人間 A」なんか、どんなに彩色を明るくしても、青空の青さではなく新緑の青さでもなく、ドロッとした薬草を煮詰めた青さに見える。
その意味で、eastern youthやbloodthirsty butchersのアルバムジャケに感じる、石田徹也の青年と神田日勝の自画像が近似して見える。
深井克美のやるせなさや不穏は「板・足・頭」や「集う(習作)」に見受けられる。
北海道に生まれ育って、北海道を描く人はどんなジャンルでも大きく2通りで、1週間降り続けた雪雲のように鈍色を中心にする人たちと、ただひたすらに広大な空や大地や海を明るく描く人。
今あげた人たちは、みんな前者のタイプだと思っている。
the pillowsも前者よりだけど、怒髪天は圧倒的に後者。サブちゃんも後者。
良し悪しではなく、どちらも北海道のあるひとつの側面
「離農」に描かれた感情は、まさしく「叙景ゼロ番地」
そうだ。吉野さん(from eastern youth)は帯広の人だ。
「飯場の風景」見て、鉱山なんて鹿追にあったっけ?思ったけど、そうだ。鹿追は山だった。「とかち鹿追ジオパーク」だ。神田日勝は帯広の人ではない。しかし、彼が住んでいたすぐそばに日勝峠も存在している。日露戦争が由来だとしても、彼は、住むべくして鹿追に住んでいた。間違いない。まぁ、俺は狩勝峠の民なわけだけれど。
でも、柳月がスポンサではある。柳月は帯広だ。って、えっ?今は本社機能あるの音更なの???なるほど。
たぶん、ここではない何処かと、ここで生きることしかできない現実のギャップが20年ほどの作家人生にアレだけの作品を描かせたのだろうし、だから早死にしたのだろう。
まったく存在を知らなかったのだけど、もうひとつの絶筆「生物・家(未完)」の前で無駄話していたババァたちが連続テレビ小説「あおぞら」の話をしていて、そして、吉沢亮が神田日勝役だったと知る。
たしかに、吉沢くんの整った顔は早死感がある。神田日勝の自画像とはあまりに似つかわしくないけれど。
東京駅で十勝平野を見る違和感はなんともいえず、しかし、見れて良かった。
あと、同時に紹介されていた曹良奎という画家の衝撃!
北朝鮮に帰還させられて、その後行方不明???なにそれ?日本という野蛮な国家の悲しみが辛い。
なお、無料配布されている「ジュニアガイド」が素晴らしいです。
そして、「馬」と「静物」のポストカードを買いました。
ホントは「開拓の馬」のが欲しかったんだよなぁ。
「開拓の馬」は北鹿追農事組合所蔵で、北鹿追神社の絵馬だったんだぜ!恐ろしい。

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