噂聞くだに、ちょっとどうかしているので「
MR.JIMMY ミスター・ジミー レッド・ツェッペリンに全てを捧げた男」見ました。
途中で隣のオッサンは
鼾かいてるし、逆サイドのオッサンはケータイ見出したので、
思わず「オッサン!」言っちゃったし、見事にボンクラしかいなかったのでした。
残念。
ケータイ見てたクセに、終わって
周りにあわせて拍手してんじゃねぇーよ。アホんだら。
ホント、
オッサンは糞しかいねぇ。
だいたい映画見る前にそんな煙草臭くなってんじゃねぇよ。久々に映画見る前にマスクしたじゃねぇか。
閑話休題。
見ててやはり感じたのは、禅というか、
極めて仏教的だよなぁと。
型を突き詰めても型を極めることはできないが、しかし、型は無限に学ぶことがある。
限りなく仏に近づくことは、限りなく仏から遠ざかることと同じ。
まさか、頭のおかしいオジサン映画だと思ったら、
そんな哲学的な問題を突きつけられるとは思わんかった。
珍しく、パンフの武田砂鉄が書いた「日本から生まれでた必然性が見えてくる」に膝を打つ(ただ、このコラムは横関清高との件のが俄然良い)
もちろん、序盤は眠いのである。そんなに映画の作り方が巧いわけではないのだ。
だけど、ジミー桜井のキャラクタが強すぎる。
コイツ駄目だベ?思ったら、ホントに駄目になる。
まさかパンフで監督ピーター・マイケル・ダウドが「
これは面白くなるぞ! 」言ってる通り、対立からEXシアターが最後にならず、やっぱり脱退して、でも、最後にはなんとかなるのだ。なんとかなっちゃうのだ。
実質ツェッペリンになっちゃったのだ!
結局、イっちゃった人は強い。
髙嶋政宏やROLLYが認めるほど、イっちゃった人は強い。
ジミー・ペイジの完コピ集中してるのに、
自分たちはライヴバンドで、ライヴのマジックを信じているとかいうジミー桜井が、イっちゃってなければ、なんなのか?
そして、パンフを見てさらに膝を打ったのは、
村山章がこの映画をバディムービーと看過している点に尽きる。
ジミー桜井とピーター・マイケル・ダウドのバディムービーなのか!
じゃあ、この映画は無限にバージョンアップされて、無限に続編が作られるじゃないか。
今からすでに、
次回作が気になって仕方が無い。