雑感・レヴュ集 メタセコイア
邦画

作品名記述者記述日星
ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?唸るバクテリア2026/09/18★★★★★

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見る必要があるのか?と若干悩みもしたのだけど、今、この国で映画を見るにあたって「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」を見ないで「映画好き」名乗っちゃ駄目な気がするので、はじめてkino cinéma 新宿へ。
したっけさ(北海道弁)、まんまとK's cinemaとkino cinéma間違えたのであった。
なお、パンフは完売でした。

唄は人を救うのだ。なんだかんだで。
あるいは、唄は人に希望を湧かせられるのだ。
それはまるで、スーパーヒーローへの変身のようではないか。
スーパーヒーローは人を殺さない。したがって、アレン・ネルソン as ロドニー・ヒックス&マーク・マーフィーにスーパーヒーローたる資格は無い。
しかし、アレン・ネルソンはスーパーヒーローに変身しなければならない。
だから歌を唄う。
そこに「ある」なにかを「希望」より適切な日本語で表現できない。
すくなくとも、俺はあの唄に希望を見た。
だからこの映画は希望の映画だ。

しかし、塚本晋也は情け容赦が無い。
スクリーンには、過小でも過剰でもなく事実が映し出される。
右胸から血が溢れているすくそばを、おそらく蟻が這い回っていたのは最たるところだ。
アレン・ネルソンを常にアップで押さえるカメラは、彼の知り得たことだけを事実として描き出す。
いくつの村が焼かれて、何人のベトナム人が焼かれて、何人の米人がPTSDを抱えて帰還したかは語られない。
そんなこと、アレン・ネルソンの経験した事実の前では単なる数字に過ぎないからだ。
なんというフェアさだろう。
ベトナム人の死体をまるで釣り餌にして、ベトコンを全員撃ち殺すという非道と、ベトコンの掘った落とし穴に落ちた米兵に何本もの竹槍が刺さるのは、同じくらいの事実として描かれている。そして、米兵は沖縄人から暴力的に略奪していくのだ。
しかして、ようやく終盤に出てきたリリーさん as 黒井は父がフィリピンの前線からの帰還兵だったと言うのは、PTSDが米兵だけのモノでないことを告げる。
けれど、戦場の最前線には貧困の黒人がいる。上官は白人だ。
白人だってPTSDを患うのだけどハリウッドでは黒人を主人公にしない。
もちろん「戦場0地点」を見れば、あんな血塗れになること、まずないぐらいのことはわかる。
それでも、あのように描いているのはアレン・ネルソンの記憶だからだ。
なんというフェア。
逆説的に言えば、誰でもPTSDを抱えるのだ。戦場では。
だったら、ナポレオンや織田信長の狂気に近似を見出すことだってできるだろうし、前線に出ていないヒトラーの「死を背負う想像力すらない小者」っぷりにも行き当たる。
じゃあ、トランプは?早苗ちゃんは?
はじめからどうしようもない妄想の中にいれば、PTSDにならないのではないか?とも考える。
彼らに唄はあるのか?とも考える。
大義があれば人を殺してもいいのか?
単に殺したかったのだ。
そのクセ、最前線には行きたくない。なんて我が儘なんだろう。
塚本晋也は本当に情け容赦ない。
エンドロール見てビックリしたけど、この映画ドルビーアトモス対応だかんね!
本当に容赦ないわぁ。

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