| 作品名 | 記述者 | 記述日 | 星 |
| ネタニヤフ調書 汚職と戦争 | 唸るバクテリア | 2025/12/26 | ★★★★★ |
本文中のリンク先には、アフィリエイトを含むことがあります。ほぼお金になってないですけど。
なにが怖いって、もうこんな映画を見てしまったら、事実に直面してしまったら、間違っても偉くはなりたくないと思わざるを得ない。
権力は悪魔だ。厭だ。怖い。
なにが怖いって、ただでさえ悍ましいエゴを抱えて生きてるのに、あそこまでエゴを肥大化できるのか!の一点に尽きる。
明日は我が身というか、常に今この瞬間が「違う」と言えるほど己を律し切れていない。辛い。
「大事の前の小事」と侮るのは大きな間違いで、小事こそが事の本質であると見逃してはならない。
「怪物」の語が浮かぶけれど、明確に違うとこの映画は突きつける。
ポイントは明確にあって、その時から変わったのだと訴える。
まるで低気圧のように、類が集まり極端化する。
ネタニヤフが極右に擦り寄る姿は、高市早苗が参政党に擦り寄る姿と重なる。
もしかしたら、昔は強かった人なのかもしれないネタニヤフは、今じゃ自分の過去に取り憑かれた狂人に過ぎないと白日の下に晒す。
明らかに弱者で、ただの老人でしかないのだ。
ああ。なんて憂鬱なんだろう。
唯一の救いは自分が賢い人ではないってことか?
すくなくとも、自分の中に賢い人の指標があるのだから。
あの人やあの人には勝てない。
家に帰るまで、ヘッドフォンに手を伸ばすことができなかった。
広告