馬名 | 記述者 | 記述日 |
憧れの狂気〜ツインターボ | 空虹桜 | 2003/10/02 |
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アタシの逃げ馬好きは、たぶんコンプレックスに起因している。
競馬好きならもちろんご存じのこととは思うが、逃げ馬とは2通りである。1つは展開のアヤで逃げる馬。これには能力の絶対の違いで、普通に走っているだけなのに逃げてしまう馬、たとえばサイレンススズカが当てはまる。まぁ、この馬の場合性格的な問題もあるのだが。
もう1つは逃げないと競馬にならない馬。性格的な問題で、たとえば、馬込みが怖いからだったり、他馬の影を気にするからであったり・・・ツインターボはこちらに該当する。がしかし、彼は今引き合いに出したどれにも該当しない。もっと根本的な性格上の問題で逃げていて、アタシはそれにコンプレックスを抱いているようだ。
畠山直毅という競馬ライタがいる。
このテキストを書き始めたのは、もちろんツインターボの話がしたくなったからだ。が、さらに言えば、このライタの話がしたいからである。なにより、アタシがこの人について書かねば、そのまま忘れ去られるだろう予感があるからだ。
もしかしたら、彼はそれを望んでいるかも知れない。
しかし、彼がツインターボを書き続けるように、一度くらいはアタシも彼を書き残したいと思う。
無能な俺は、今日から彼らの語り部として生きよう。
ドラッグ中毒で死んでいったロックンローラに捧げられた畠山のフレーズを、アタシはそのまま彼に捧げる。
各種競馬雑誌の断片情報だけで知る畠山直毅は、常に狂おうとしている。狂気を生まれ持てなかったから、たどり着こうとしているのだ。狂気へ。
だから、まさしく狂気そのものであるツインターボに自分を重ね、「ツインターボを種牡馬にする会」まで結成する。それは同時にギャンブルでしか狂えない自分の想像かつ依存で、家族に見捨てられ、借金を抱え込み、ホームレスになって・・・それでもまだ競馬ライタをやっている。
“偽物”の狂気であっても、アタシは彼の生き様に嫉妬し、彼がツインターボを書けば涙する。
彼が自分をツインターボに重ねたとき、彼は狂気を具現化する。
彼がツインターボを書くとき、彼は狂気となる。
彼の文章はツインターボを書くとき、月のように光り輝く。
アタシは狂える度胸もなく小さくまとまってるのに、どうして・・・
憧れの具現化は本物にはならない。
でも、アタシの目の前を間違いなくツインターボは駆け抜け(最後は歩いてたけど)、畠山直毅はそれを書き残している。
どちらも、アタシにはリアルで狂喜だ。
鈍く、鋭く、細く光を反射するから、触れれば痛いとわかっていても、触れずにはいられない。
悔しいことに、狂えないアタシには、狂気に触れた痛みだけがリアルとして残る。
だから、その痛みだけを書き残せばよい。
しかし、しかし・・・