その49「ひかり」

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空虹桜> アタシの知ってる川本真琴(※1)とは、まるで別人が作ったかのような5thアルバム「ひかり」(iTS / Amazon)の話をします。

U・B> イントロから凄い話しっぷりですね。

空虹桜> 思わず、前作「新しい友達」(※2)を聴き直しちゃったもん。アタシ。

U・B> 聞き返さなくても、覚えてるアルバムでしょ?

空虹桜> そりゃね。覚えてますけど、ちょっとあまりに違うんで聞き返さざるを得なかったというか。自身のサイトで「耳や心を奪うような刺激を添加していない、生まれたままの音楽になりました。日常の中に緩やかな流れを感じてもらえたら。」言ってるんだけど、正しくなんだけど、なによりもテニスコーツの植野隆司が、ミュンヘンのブラス・バンド「ホッホツァイツカペレ」と川本真琴を組ませたら、こんなアルバムが出来ると見抜いたのが凄い(※3

U・B> テニスコーツ植野隆司は、このところの川本真琴作品のフィクサーみたいな感じありますね。

空虹桜> とはいえ、勿論全曲作曲は川本真琴だし、作詞は何曲か違うけど、たいはんは川本真琴が名を連ねてるので、川本真琴のアルバムに違いなくて、つまり、このモードでアルバムを作りたかったのは間違いないんだよ。

U・B> そうですね。1曲目が「アロエ」ですけど、凄い穏やかなメロディなのに2番の歌詞は「宇宙船が不時着した 気配はもうなくて 犬の散歩してる人が こっちを見上げてる」(※4)ですから、紛うことなき川本真琴ですよね。

空虹桜> そこね。たぶん1番の歌詞は「アロエ」のことを唄っていて、そこから視線がすこしずつ遠くになっていって、時間も流れていくからスコールのあとに「虹色ブルーインパルス」(※5)だったりするんだけど、それをすべて「じゃロー」でつなぐって、それはもうタイトル「ハロー」だろ?みたいなね。

U・B> 豪快と言えば豪快だけど、文学的な飛躍というか、詩的と言えば詩的ですよね。

空虹桜> 川本真琴的だと思うし、メロディに油断してると棍棒で頭ど突かれる感じはある。油断も隙もない。

U・B> 2曲目が作詞マルコ・シエスタで「April locking down」

空虹桜> 結局、マルコ・シエスタ何者なんだよ!って話はあるけど、わりと川本真琴っぽい死だけど、実際問題として、これは2020年4月のロックダウンを唄った曲だよね(※6

U・B> あっ!たしかに。ずっと「April 森 April 鳥 April falling down April 海 April 波 April locking down」(※7)みたいな、サイコな歌詞に気を取られていた。

空虹桜> まぁ、それは仕方が無いというか、歌詞カード見て、森とと鳥とか唄ってたのに気づいたけどね。

U・B> そうですね。聞き流してると引っかかりが無いですよね。Aprilとingに挟めて韻踏んでるし。

空虹桜> でも、そこは意識してメロディ付けてる雰囲気もあるんだよね。

U・B> そうですね。違和感なく聞かせてる感じはありますね。あとは、いつもの川本真琴よりすこしキーが高いというか、ウィスパーっぽく唄ってる印象がある。

空虹桜> 「水色の空から手紙が来た 君の街は今日も静かです」(※8)からね。

U・B> ああ。大きな声では歌えないんだ。でも、あの時って、そこまで静かだったかというと、結局、物流は止められなかったし、救急車はわんさか走ってた。

空虹桜> そうなんだよね。人口過多なところから減っただけで、むしろちょうど良くなってたというね。

U・B> ちょうど良さとはまったく無関係に3曲目「風を待ってる湖」ですけど、ビックリするほどなにを言っているかわからないけど、メロディが何やらループしてるのはわかる。

空虹桜> 「ミトコンドリアの ヒカリつぶつぶ 気持ちいいよね 世界が生まれる」(※9)だからね。でも、まずこの曲はタイトルが素晴らしい。

U・B> 「風を待ってる湖」が?鳥人間コンテストでもやってますか?(※10

空虹桜> ああ。まぁ、それも悪くないけど、このタイトルでこの曲聴いてると、ずっと凪ぐに凪げなくて、ゆっくり打ちつける波とワンチャン湖を脱出しようとする「なにか」を感じる。

U・B> 詩的なことを仰る。

空虹桜> 「丑三つ時に サバンナ雨季 風が吹いたら 通り抜けられる」(※11)だよ。具象は「丑三つ時」「サバンナ雨季」だもの、これでどうすれと。

U・B> ハイコンテキストな解釈とか繰り出してくださいよ。つまんねぇな。

空虹桜> 無理。っていうかさ、正直、ここまでは若干呆気にとられてるんだよ。アルバム聴いてる時。

U・B> なるほど。そこ行くと4曲目がまた作詞マルコ・シエスタだけど「GEDATSU in love」だけど、何一つ解脱してる感は無い。

空虹桜> なにせのっけから「I can't … GEDATSU in love」(※12)唄ってるからね。

U・B> しかも、この柔らかいメロディでサビが「Hey! Woo 囁いてもっと Hey! Woo いちゃつこうよ もっと Hey! Woo 甘くてやわらかい この愛にさわろう」(※13)ですもんね。俺はなにを聴かされているのかと。

空虹桜> でも、人の詞なのに凄い川本真琴みある歌詞なんだよね。

U・B> はいはい。たしかに、出だしの「ヴァーチャルで修行中の身ながら」(※14)なんて、かなり川本真琴み。

空虹桜> 「耳や心を奪うような刺激を添加していない」って言ってたじゃないか!って感じはあるよね。もうこの程度じゃ刺激性添加物として認められないっていう。

U・B> 中毒ですよ。

空虹桜> でも、「Hi」のところだけ、凄い高いキーになってるのとかは刺激な感じがしなくて、たぶん、この穏やかなメロディの中で「Hi」が高いから「Hey!」の高さが気にならないという、デザインというか構想はたしかに見て取れる。

U・B> 悪く言うと、全体的に同じようなメロディが続いてる感もありますよね。

空虹桜> そうね。でも、このアルバム全体の揺蕩わせたかった感じからすると、同じようなメロディが続いてる感は悪いことじゃ無い気はする。

U・B> でしょうね。狙ってるところなのはわかります。5曲目が「universe」で、作詞は川本真琴とマルコ・シエスタの共作。

空虹桜> 全曲の中でも断トツでトロンボーンの曲だけど、なんと言ってもこの曲は「一瞬を即興に 幻想を創造に」(※15)に尽きる。

U・B> ですよねぇ。そのサビのフレーズがこのアルバム全体のテーマかな。って気もする。

空虹桜> そうかもね。「universe」以外の語は全部イ音で終わってけど、そうすると、現在形ですら無いんだよね。

U・B> どちらかというと非定型だけど、歌詞を聴いてるだけだと、否定するというより端を取り除いてるというか。

空虹桜> だからまぁ「universe」なんだろうね。川本真琴ユニバース。

U・B> そこで6曲目が「カートコバーンと両想いになりたいガール」ですよ。発表当時からちょっとどうかしてるタイトルで評判になった「カートコバーンと両想いになりたいガール」(※16

空虹桜> 流石にこの曲は、今まで知ってる川本真琴時空の曲ではあるんだよね。

U・B> ですね。朝靄がかる青梅街道って、何度か遭遇したことはある気がしますけど、たぶん冬時ですよ。

空虹桜> アタシ、カート・コバーン詳しくないからアレなんだけど、ストロベリージャムって、カート・コバーンになんか関係するの?

U・B> 知らんッスわ。

空虹桜> じゃあ、素直に解釈すると、カート・コバーンみたいな男の子と一晩一緒にいて、朝帰りする女の子の話ってことでいいのかな?

U・B> 両思いになりたいのかもしんないけど、結局やり捨てされるパターンですけどね。

空虹桜> それをさ、この柔らかいメロディで唄うのって、ちょっとした狂気だよね。

U・B> ええ。しかも、聴いてるとサビの繰り返しの中でどんどん広がりまで出てくる印象があるんですよ。コーラスとかホーンのアレンジとか。渦巻きがすこしずつ大きくなっていくみたいな。

空虹桜> はいはい。でもさ、手が綺麗な男なんて、水仕事もやってないんだろうから、ロクなのじゃないよ。

U・B> 生傷が絶えないのも大概ですけどね。そして7曲目「街の本屋さん」

空虹桜> この曲もどの辺が「街の本屋さん」なのかサッパリわかんないんだけど、「簡単に繋がっても 電波じゃ声だって ちがうんだからさ」(※17)みたいな歌詞を、サビの手前に持ってくるのがホントに凄くて、よくあるネット批判的な歌詞じゃなくて、デジタル圧縮の疑似同一性を唄ってるわけじゃない。

U・B> いや、まぁ、そうですけど、それって単純にテクノロジー批判なのでは?

空虹桜> 単純化しちゃうとそうなるんだけど、フィジカル礼賛ってのが、どっちかって言うとこの歌詞全体の唄われてることだよね。

U・B> それはまぁそうなんですけど、「簡単に繋が」るのは駄目だけど、「もっとまざりあっていたい だきしめるよ」(※18)って、結構簡単につながろうとしてね?って気もする。

空虹桜> まぁ、そうやって恋に破れていくのが川本真琴の伝統芸という、意地悪な言い方も出来るからね・・・

U・B> ファンがそれを言っちゃ。さて、8曲目はYUKIちゃん(※19)に楽曲提供した「転校生になれたら」のセルフカヴァ。

空虹桜> 最近の川本真琴と比べたら圧倒的に歌詞の文字数が多い!

U・B> ですな。あと、YUKIちゃんと川本真琴が全然似ても似つかなかったんだけど、こうやって川本真琴が曲を付けると、二人の歌詞世界って凄い似てるんじゃね?って気がするのが驚きでした。

空虹桜> もちろん、YUKIが川本真琴をイメージして書いた歌詞かもしれないけどね。

U・B> それにしたって、この世界観はやはり図抜けてるというか、YUKIちゃんらしくもあるじゃないですか。田舎の妄想多め女子が大人になってもこういう歌詞を書くと考えると、その硬質で大きな世界観をキープするエネルギーの大きさたるや。

空虹桜> たぶんそれは、なんだかんだでミュージシャンって職業鳴ればこそかなって気はする。逆にいうと、そこまで無いとトップミュージシャンにはなれないんだよ。

U・B> ああ・・・なるほど。

空虹桜> あと最後の最後で「転校星にもしなれたら 大概の事はどうだっていいわ」(※20)って歌詞になってるのは痺れるね。ちょっとした足穂みまである(※21

U・B> たしかに。これはずっと狙って宇宙描写入れ込んでたわけですね。

空虹桜> と思っちゃうよね。だから、単にアレな女の子では無いわけだよね。

U・B> ですね。さて、9曲目が「ワールドエンド・ガールフレンド」で、作詞がほりぼうと川本真琴の共作だけど、ほりぼうって、たぶん、みんな大好きゴキブリコンビナートのほりぼうさんですね(※22

空虹桜> だろうね。っていうか、今まで喋ってて気づいたけど、穏やかなのは前半だけで、後半は全然川本真琴色全開じゃん。アレ?なんでアルバム全体の印象は出だしの穏やかさに消されてるんだろ?

U・B> そうですね。出だしから「私のバイクからあの子のにおい ラメの鍵ぶっ刺し走る煙」(※23)ですからね。

空虹桜> 直感的に好きな曲は後半に固まってるのだけど、アルバム全体の印象は前半に持ってかれてるってことは、前半の印象がそれだけ大きいってことなのかな?

U・B> もしくは、それも含めて仕組まれてるかですよ。

空虹桜> ああ・・・それはありそうだな・・・

U・B> 最後10曲目が「MOTHER」だけど、なんとなく「それは愛だよ」(※24)って唄えるのは、母の特権なのかしらねと。

空虹桜> なんとなく言わんとしてることはわかるけど、母親憧れというか、母親は尊いみたいな前提に聞こえる。

U・B> 怖いなぁ。あながち否定も出来ないのだけど。

空虹桜> もちろん、歌詞の流れからするとアンタの解釈はわりとベターな気はするんだけど、やっぱりアタシは「気づかない せなかの うしろに 生えたオーロラの羽 わたしには みえない きみには みえてるかな」(※25)に、そりゃ背中の羽は見えないよね!みたいなツッコミを入れたくなる。

U・B> ホントにどうしようもない。

空虹桜> あとは、ヴォーカルにずっと微かにエコー効かせてるとこと、終わりのトロンボーンのソロだよね。

U・B> トロンボーン良いですよね。このアルバムはトータルでやっぱりトロンボーンのアルバムな印象が強い。

空虹桜> そうなんだよね。そのせいなのか、冒頭言った通り、アルバム全体としては「まるで別人が作ったかのような」って印象なのに、今回みたいに1曲ずつ噛み砕きながら全曲レヴュすると、「カートコバーンと両想いになりたいガール」以降は、ストリングスアレンジなだけで、普通に川本真琴だったね。

U・B> そゆ意味では、前半の「耳や心を奪うような刺激を添加していない、生まれたままの音楽」であることがトリッキーに感じられる時点で、すでに川本真琴のアルバムですよ。

空虹桜> たしかに・・・そうなるとさぁ。アタシが喋りはじめる前に抱いていた感慨は、ちょっと的外れになっちゃったので、もう一回イチから聞き直した方がいいかなぁ・・・

U・B> いいんじゃないですか?今まで良くも悪くもエキセントリックさとプリミティヴさが共存してたのが川本真琴だと思うんですよ。

空虹桜> なんか知ったような単語並べてるけど、プリミティヴか?どっちかっていうと文学的というか、初期に言葉数を費やす必要があった表現が、どんどん簡素化されて、すくない語数でどれだけ奥に届かせるか?みたいな技量、テクニカルさが実は売りなシンガソングライタだと思うんだけど。

U・B> そうですね。エキセントリックなとこは否定しないわけですね。

空虹桜> そこはね。

U・B> そろそろまとめを。

空虹桜> いずれにせよ、COVID-19があったから出来たアルバムなのは間違いないとは思うんだよね。なにせ、4年ぶりにアルバムが出るって、1stの「川本真琴」から2ndの「gobbledygook」の間と同じスパン(※26)だよ。

U・B> おっと。まとめる気が無いな。

空虹桜> いや、COVID-19が無かったら、ホッホツァイツカペレとアルバム作ることも無かっただろうし、その結果としてこんなアルバムになることも無かったことは請け合いで、だとすれば、アクロバティックな結論だけど、アタシは世の中悪いことばかりじゃないって、真顔で言っていい気がするんだよね。

※1^ 川本真琴:日本のシンガソングライタ。リメイク版のるろうに剣心に物足りないのは川本真琴とSIAM SHADEだというのはだいたい老害。過去の川本真琴話はこちらから。
※2^ 新しい友達:川本真琴の4thアルバムにして、カオシデの第1回紹介アルバム。
※3^ テニスコーツの植野隆司:日本のポップユニットテニスコーツのギタリストが植野隆司。本アルバムでもギターを弾いている。 ミュンヘンのブラス・バンド「ホッホツァイツカペレ」:これ上の情報は無いに等しいのだけど、ホーンがトロンボーンとスーザフォンという、変わった編成。スーザフォンの音が聞き慣れないので、油断するとだいぶビックリする。
※4^ 直近の鉤括弧は歌詞より引用。
※5^ 直近の鉤括弧は歌詞より引用。
※6^ 2020年4月のロックダウン:2020年4月、当時の首相安倍晋三は7日に東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県に。16日には全国に緊急事態宣言を行った。これにより、対象地域の都道府県知事は、住民に対し、生活の維持に必要な場合を除いて、外出の自粛をはじめ、感染の防止に必要な協力を要請した。
※7^ 直近の鉤括弧は歌詞より引用。
※8^ 直近の鉤括弧は歌詞より引用。
※9^ 直近の鉤括弧は歌詞より引用。
※10^ 鳥人間コンテスト:読売テレビ放送主催による人力飛行機の滞空距離および飛行時間を競う競技会。琵琶湖を舞台に開催されている。
※11^ 直近の鉤括弧は歌詞より引用。
※12^ 直近の鉤括弧は歌詞より引用。
※13^ 直近の鉤括弧は歌詞より引用。
※14^ 直近の鉤括弧は歌詞より引用。
※15^ 直近の鉤括弧は歌詞より引用。
※16^ カート・コバーン:みんな大好き、意味もわからずアイコンTシャツを着てたりするNirvanaのヴォーカリスト。ショットガンで頭部を撃ち抜いて自殺したことで有名。
※17^ 直近の鉤括弧は歌詞より引用。
※18^ 直近の鉤括弧は歌詞より引用。
※19^ YUKI:函館生まれの函館育ち。JUDY AND MARYの元ヴォーカルにして、まさかYO-KINGと結婚した日本のシンガソングライタ。相変わらず、凄まじく可愛い。
※20^ 直近の鉤括弧は歌詞より引用。
※21^ 足穂み:稲垣足穂の「一千一秒物語」に読み応えがある物語を、最近空虹さんは「足穂み」と呼んでいる。
※22^ ほりぼう:劇団ゴキブリコンビナートの人。一度は見なきゃと思いつつ怖くて行けないゴキコン。せめて花園神社の酉の市で・・・
※23^ 直近の鉤括弧は歌詞より引用。
※24^ 直近の鉤括弧は歌詞より引用。
※25^ 直近の鉤括弧は歌詞より引用。
※26^ COVID-19:若干過去の話になりつつある、2019年新型コロナウイルス感染症 1stの「川本真琴」から2ndの「gobbledygook」:1stの「川本真琴」が1997年。2ndの「gobbledygook」2001年はつばいだった。

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