巻頭言
「空虹ウケを狙って書かれた物語」は、必ずしも「空虹のために書かれた物語」ではありません。むしろ、「作者が自分のために書いた物語」であることを誤魔化している可能性が高いです。そもそも、「ウケを狙う」という考え方には、相手への敬意、リスペクトが著しく欠けています。つまり、相手を自分の意図通りに誘導できるという過信です。
「舐めている」と、言い換えてもかまいません。「ハンデ」と「手抜き」が異なることと同意です。
もしも本気で「空虹ウケを狙」うのであれば、過去10年以上の長きに渡ってWebに残されている、ありとあらゆるテキストをすべて読み込み、消化してからでなければ嘘になるハズです。敬意ってそういうものでしょ? と。
安い打算を求めていないのです。
アタシを信じて。
ある特定の読者のために書かれた物語は、その特定の誰かに読まれなければ、伝わらなければ意味がありません。読んでもらうためには、伝わるためには、ある特定の読者のことを考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて、ある特定の読者が読んでくれるように、ある特定の読者に伝わるように、丁寧に書く必要があります。
誰かに届かないのであれば、なんの意味もない、価値もない物語。しかし、逆説的にその誰かにさえ届けば、成就する物語。
それって、物語の本質的な存在意義なのでは?
なんてことを思うのです。もちろんアタシは、21世紀に生きるサブカルの民だから、「物語のための物語」や「伝わらないための物語」だって知ってますし、読まれることや伝わることだけが、唯一無比の存在意義だなんて信仰してるワケじゃないです。
でも、と言葉を継ぎます。
作者としても読者としても、空虹桜は誰にも読んでもらえない、伝わらない物語は哀しいなと感じるのです。
読解にすら作者力を求める超短編は、フィールド的にも構造的にも、作者であることを前提としがちで、読者に対する意識が希薄です。
「詩と物語の中間」なんて換言することで、アタシには誰かに読まれることを放棄しているように見えることがあります。本質的な存在意義に起因する、欲望というか渇望が薄弱に見えるのです。
なんか、それがイヤだから「超短編のパトロン」なんて、はじめてみました。
見事に応募作数が減りました。
にもかかわらず、参加してくれた作者の皆さんに感謝です。
リミックスに、こんなにも傑作が集まるなんて思いもしませんでした。
なお、掲載は受信順です。
午前3時の相対論(氷砂糖リミックス)
作品
浅い時間まで来週分の予習をしていたのだけれど、ふと絵を描きたくなって描き始めて、気付けばこんな時間。シャープペンシルと無地のルーズリーフ。部屋にあった造花を題材に、一枚描いては新しい一枚を。もう何枚も。絵を描くと気が紛れる。できることにだけ集中しておけばいいから。
深夜の静寂。蛍光灯の下、芯と紙が擦れる音だけが耳に届く。目の前の作り物は、手元の紙の中で花弁を広げる。白地に黒一色で佇む赤い花。描きあがり、横に置く。
眠気と疲れを感じたので最後の一枚にしようとルーズリーフを出す。造花を見つめる。線を引く。線。線。線。曲線。線。曲線。紙と芯が擦れる音。目の前にあるのは造花で、けれど手が描き出す花は線を加えるたびに瑞々しく生き生きとしてくる。足りない技量のせいだ。満足な模写のできない未熟な腕。紙を前に咲き誇る花の創造主、神にでもなった気がしてくる。世界にあるのは花とわたしだけ。無心で手を動かす。呼吸も疎かに線を引き、線を重ねる。
この花は、本当はどこかで咲いてわたしを待っているのかもしれない。線を引く。旅立てないから線を、引く。
コメント
金800円
多少、細部のデッサンに甘いところがあるけれど、トータルで見ればよく書けているかと。
「線。線。線。曲線。線。曲線。」の件に無条件反応してしまう自分はともかく、造花を生き生きと描くことに否定的な主人公が素晴らしい。創造のベクトルが指し示す先に「神」がいるならば、主人公が行っている行為は創造じゃない。
では、なんなのか? 旅立てない少女の手慰みを、戯れと切り捨てる正当性はなにか?
なんてことを真面目に考えたりしました。
余談ながら、紙を前に神になるって、密かな言葉遊びが結構好き。
カーニバル(自由部門) 作者:氷砂糖
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最初の一段落目はほとんど無くて良くて、最後の段落で呼応する件も、構成立て直せば、成立させられたかと。
「強い目」と描かれてはいたけれど、「その瞳が見る世界」までは描かれていないから、そこまで主人公というか、ヒロインに感情移入している主人公に感情移入ができない。
あと、個人的な趣味として「カーニバル」と「謝肉祭」とか、中二病的というかラノベ的というかなルビって、あまり好きではないです。
海辺の家(自由部門) 作者:氷砂糖
コメント
四段落構成の内、前半の段落は無くてもいいんじゃないかなぁ。
設定から提示することで、たしかに物語性みたいなモノは付与されるのだろうけれど、三段落目からだけで充分物語性は発揮されているのだから。
巻頭言と矛盾して読めるかもしれないけれど、そこは読者とか物語を信じていいんじゃないかなぁ。
ただ、人魚との禁忌というより、誰とも会わないで済む生活を選んでおきながら、油断して人魚の唄を聴いてしまった主人公の後悔は、なかなか美味でした。
午前3時の相対論(不狼児リミックス)
作品
うちへ帰ろう、とブルースは歌う。俺は穴を落ちてゆく、果てしなく。深い穴を落ちてゆくのか、柔らかいトンネルを出口に向かって歩いているかは、考え方にもよるのだろうが、壁は動く、床はずれる、上に、下に。前か後ろかもわからない。実際には通り抜けるうちに記憶が消化されてしまっているので、起点が失われ終点が測定できないのだ。俺は声を聴く。声に聴き入る。歌が始まるのか終わるのか、声はしわがれ、震えてかすれ、消えるのかと思うとヴォリュームを増し、小さな光が落ちてくる。ズドン! と一発。心臓に喰らったような衝撃が踵に伝わって、俺は踏み出す。その一歩が終わりか、始まりかを知らず。
コメント
金1,500円
サンプル作品の要素をウマく掬って、作風に落とし込んだ良作。
一読目は「ウルトラQ」的なアンバランスゾーンかと思ったのだけれど、読み返す内に出産というか誕生の物語だよなぁと。
であれば、衝撃が踵に伝わるってことは逆子なわけで、母親大丈夫? なんて、いらぬ妄想を膨らませたくもなるのです。
もしくは、こいつ生まれてすぐに「天上天下唯我独尊」とかホザくんじゃないのか? とか。
妄想できるのはよい作品の証です。
そして、帰り着いた先が、この世界。
完(自由部門) 作者:不狼児
作品
すべて消えゆくのだろう、海面は黒く、渦の名残のさざなみに揺れるだけ、と思った矢先、轟々と音をたてて二つに裂ける。干上がった砂地に海に呑まれた死者たちの姿が見えた。呻き、わめき、苦しみ悶え、身振りで必死に何かを伝えようとするけれども、切り立った水の断崖は再び頂点から崩れ始め、生きた記憶も、死んだ記録も、飛沫と共に巻き込んで
コメント
金400円
石野卓球が
例えばデカいので言えば去年の震災とか、そういうものの影響が全くないわけじゃないけど、でもそれをダイレクトに出そうっていう気持ちはないよね。むしろそういうものから、あまり影響を受けないように、自分たちを保っていくほうに力を入れてる。時代のムードを表現していこうっていう意識は自分たちにはあまりなくて、むしろその逆じゃないかな。自分たちのやりたいことはなるべく変えずに、でも影響を受けてる部分があるならそこを意図的に排除はしないっていうスタンスだよね。
(ナタリー - [Power Push] 電気グルーヴ (4/4))
なんてことを言ってました。
だからこそ電気グルーヴは安心して聴いていられるのだけれど、それはともかく、漢字は表意文字だから一括りにできないのだけれど、文字メディアにおいて語られる物語は、基本、能動的に受け取られるモノです。したがって、これを掲載することに躊躇いはありません。
アタシはアタシが気に入った物語に値を付けてお金を払うと同時に、掲載することで、作品に対する第二位的な責任が生じていることを理解しています。
それを踏まえて、一般的にもっと不謹慎と受け取られる物語でも、それがお金を払う価値があると判断すれば掲載します。
それぐらいの覚悟が無くて、なんのための場所か?
むしろ、描写に終止してしまっていることとか、全然「完」を打てるほどに終わってないことの方が問題だと主張します。
飛沫と共に巻き込んで、で、どうした?
記事(自由部門) 作者:不狼児
作品
永遠に続くのは地獄だけ。爽やかな思想が信条の哲学者が、刑務所を脱獄して亡命に成功した昔のことを思い出してインタビューに答えている。
「私たちは長いあいだ穴の中に隠れていた。鳥の囀りが聞こえる。夜明けだ。彼は脚を撃たれていた。出血はひどく、骨が砕けている。敵が勘違いの方向を捜索しているのでなければ、もって二時間。逃げなければ。わかっている。私たちは幼馴染で故郷について話した。『覚えてるか』彼は言う。『皆が魚を釣っていた小川に、死体が上がったことがあるだろ。若い男ともう一人は今の俺達ぐらいで、銃で撃たれて死んでいた。銀行強盗の犯人だという噂も流れたが、警察は何も発表しなかった。誰にも言ったことはないが、俺はあの二人が生きている姿を見たことがある。死体が浮かぶ数日前だ。奴らは森の空き地に車を止めて、ぐっすり眠ってた。二人とも裸で、狭い車内で手脚を絡ませ、朝の光はまだ弱く、一人はうつむき、もう一人はのけぞっていたから、顔はまだ暗がりに隠れていたが、幸せそうだったよ。この幸せは守らなきゃいけない。俺はそっと引き返した。死体が見つかってからしばらくして、俺は近くの池で見たこともない魚を釣った。凄い大物で、ひと抱えもある。たとえ目の前に差し出した所で誰も信じないだろうと思った。
だから俺は誰にも告げず、水に返してやったんだ』出血はもう止まっていた。血は乾いている。擦ると赤い粉がこぼれた。同じように彼の唇も乾いていた。『さあ。もう行け』彼は言った。『おまえは生きるんだ』乾いた血を潤し、血糊で文字を書くために、私は今も涙を流す。『やめろ。別れが辛くなる』私は彼の骨を噛む。彼の生きた肉を甦らせるために。私は彼の唾液を呑む。言葉を解き放つために。私は否定し、否定した。彼は私の否定を否定した。彼は微笑んだ。痙攣する細胞の最後の一片まで、彼は肯定した。私が受け入れたのは地獄を生きることだ。穴から首をつきだした。森の中。薄明。人影はない。口の中いっぱいに広がった青草の匂いを吐き捨てる。私は走った。一週間後、私は国境を越えていた」
哲学者の故郷でいつか発見されるだろう新種の魚。記事はそのことについて、何も語っていない。
コメント
金100円
これはアタシのための物語ではないよね。
でも、これを自分のための物語だと思う人が、間違いなく世界にいることはわかる。
ならば、形式的にでも値付けして、掲載しましょう。
届いた、受け取ったあなたが、お金を払ってみませんか?
午前3時の相対論 "quantum tunneling mix"(はやみかつとしリミックス)
作品
電子の軌道は整数倍の値しか取れないというけれど、ぼくらも同じじゃないかと思う。
少しでも逸脱しようとすれば、強大な同調圧力がぼくらを押し戻す。行こうと思うなら、むしろ思い切ってジャンプするしかない。壁抜けのように。どこへ?
--向こうへ。
ぼくひとりしか歩いていない、ひんやりした夜の遊歩道で考える。ここから飛び出すとしたら、その《向こう》というのは軌道のないどこかなのだろうか。イオン化したナトリウム原子からひとつだけ解離してさまよう電子を思う。かれは孤独だろうか?
答える者はない。誰もそれを見たことはない。
だから、見たこともない場所を想像して、そこへ飛ぼうとすることが非現実的なことだなんて、誰にも言えない。想像できるものは、すべて現実化しうる。ならばぼくはこの道を蹴って、跳ぶ。朝はすべて新しい朝、そこがどこかなんて誰にもわからない。
コメント
金2,200円
リミックスで、こんなに早く、このレヴェルの物語が出てくるとは思わなかった。
サンプル作品の主人公がボンヤリと抱える「なにか」を、タイトルに沿って描き直す。
電子の孤独とぼくの寂寥。
好みな作品に照れないことが、この企画で重要なことだから、衒いなくこの作品、大好きです。