| 作品名 | 記述者 | 記述日 | 星 |
| ハムネット | 唸るバクテリア | 2026/05/27 | ★★★★★ |
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ハイライトは無論、ラストの劇中劇「ハムレット」であり、この「ハムレット」のために展開した映画である。
ラストシーンのアグネスとシェークスピアの顔芸を楽しむための前菜と言い切っても問題はない。
粗筋を町山さんの解説で聞いていたから、映画自体、思わず「こんな序盤からやるの?」と思ってしまったし、実際、シェークスピアの劇団は終盤になってようやく登場する。
いきなり川原で「生きるべき死ぬべきか」言いだした時には、ちょっとしたギャグシーンかと思ったよ。
ちなみに、シャンテのせいなのか何人か同じ回で白人が観ていて、最初のギャグシーンめいたところでは、なんでそこ笑う?思ったのだけど、次の時は一緒に声出して笑ってしまったのでした。
どんなシーンだったか忘れたけど、わりとギャグのツボが近い。
閑話休題。
冒頭述べたように、演技力映画である。
主演2人は言わずもがなだし、そりゃ、アグネスはアカデミー主演女優賞も取りますよねぇ。と、思わされた。
しかして、演技力という意味ではハムネット as ジャコビ・ジュープなのである。
なんなの?あの子?
また恐ろしいまでの演技力を誇るちびっ子現るですよ。
しかも劇中ハムレットを演じた役者は実の兄(ノア・ジュープ)とか。
待って。なに?その都合の良さ。キャスティングが絶妙すぎる。なんでそんな子が都合良くいるの?しかも、名演。怖すぎる。
なお、長女の子(エリザ・シェイクスピア as フレイヤ・ハナン=ミルズ)が、めっちゃ見目麗しいのだが、エンドロールでの扱いは低い。
もちろん双子の妹(ジュディス・シェイクスピア as オリヴィア・ラインズ)の方が扱い大きいのは仕方ないのだけど、同じデキ婚の原因となった身の上としては同情せざるを得ない(えっ?)
結局のところ、後悔は先に立たないのである。
上述の町山さんがクロエ・ジャオは家族を描く作家だと語っていたのだけど、自分が書いた「エターナルズ」の感想を見返したら、たしかに家族の話だとワシも書いておった(勝ち誇り気味に)
「エターナルズ」が疑似家族モノだったのに対し、今回は本当の家族の物語である。
しかし、不在が中心にある物語でもある。
不在で無ければ、ハムネットの死からハムレットは生まれなかったという物語なのだ。
けれど、コミュ障なシェークスピアだからこそ物語化せざるを得なかったというのは、シェークスピアに優しすぎる気はする。
単に自分の息子でも死なないと、素晴らしいとされるモノは作れないほどに歪んだ人間だと言うことに過ぎないのだ。
一方で、アグネスの怒りは、「田舎の水は合わない」と都会にシェークスピアを送り出しておいて、よく言うな!とも思う。
結局のところ、みんな自分勝手に自分の都合を振り回しているだけに過ぎない。
でも、とも思う。
あの芝居展開に息子への悔いを読み取るのは、アグネスが魔女であることに起因するようには見える。
学歴としては乏しいかもしれないけれど、知識はある。
だから、物語を解釈することができる。
クロエ・ジャオという人は、ひとつ歳下の中国からロンドン、ロス、NYへ渡った女の子は、ちょっとだけアグネスに自分を投映していたのではないか?と邪推する。
同様に、シェークスピアにも自分を投映していて、「わたしはわかるから、あなたに伝わりますように」と、酷く無力で無垢な祈りを込めている気はする。
「エターナルズ」から「ハムネット」って飛躍が凄いのだけれども、たぶんどちらも、通底するのは同じ「わたしはわかるから、あなたに伝わりますように」なのだ。
だからどうしたって、クロエ・ジャオの映画は映像に物を言わせるわけで、ラストのシークエンスは痛烈に心を叩く。
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