| 作品名 | 記述者 | 記述日 | 星 |
| 左利きの少女 | 唸るバクテリア | 2026/10/30 | ★★★★★ |
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iPhone撮影だから出来る5歳児目線での通化街夜市なのである。
ただ、その5歳児が左利きで、左利きを「悪魔の手」と呼ぶのは、なんだったら日本人が台湾に置いてきた悪しき慣習なんじゃないかと思ったのだけど、劇中イーアン as マー・シーユエンが「 誰も纏足なんかしていない 」とツッコんでたので、思わず笑ってしまう。
パンフを見たらツォウ・シーチン自身が同じようなこと(日本人が台湾に置いてきた悪しき慣習)を考えていたらしいので、まぁ、連想はするよね。
女家族の話である。
男は常に存在感はない。もしくはノイズだ。
左腕を「悪魔の手」と教え込んだ祖父 as アキオ・チェンを筆頭に、避妊せず中出ししてたとバラされる店長 as シア・トンホン。いつの間にか家の権利を譲り受けていて、母から資金援助までされてる第二子の長男。娘に見捨てられて死ぬ父 as ジャン・グオビン。全然売れてる気がしないけど、積立金が満期になった男ジョニー as ホアン・ドンフイ。
その割には、男子を立てようとするのは極めてアジア的だ。
移民ブローカーなぞたいした金にならないというランニングシャツが基本の祖父。上述の通り、実家を勝手に相続し母に集っていた第二子の長男。不倫の子でも男の子だったら引き取ると言い放つ店長の妻。蒸発した旦那の借金を返し、葬儀まで出したら金が無くなった母。
女性を中心に展開する物語だから余計に、男のポンコツみが際立つ。
唯一の救いは修羅場のあとで無理矢理唄う「ハッピーバースデー」だけである。
にしても、中国語の「ハッピーバースデー」は、ちゃんと拍合わせてるのな。スゲェ。
閑話休題。
でだ、本稿冒頭に書いたラストシーンは、家族の再生に着地する。
ただ、その家族は冒頭からの家族と意味も構成も異なる。
つまり、家族のスクラップビルドの映画なのだ。
その中心に左利きの少女イージン as ニーナ・イエがいる。
従って、見終わってから思い出すシーンは、当初見て理解していたシーンと悉く意味が異なる。
つまり・・・ハッ!と思うことしきりなのだ。
とくに、左利きの悪魔の罪を償うシーンは、意味の変容が凄まじい。
なんて映画を見せられていたのだ!と思い至る。
にもかかわらず、爽やかなラストシーンなのである。
良い映画を見たと思わざるを得ない。
ほんのりとしたオープンエンドみは「アノーラ」の鑑賞後感に近しい。
香港があんなことになってしまった今、台湾を映像に残して世界に広めるのは極めて重要で、アジアでショーン・ベイカーみのある映画を撮るなら台湾が向いてるなぁ。
そしてなにより、我々は6歳のニーナ・イエをスクリーンで見たという、大いなる自慢を将来的に約束されているのだ。
この子・・・たしかに売れるぞ!!!
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