企画「是枝裕和」という、
ある種ちょっとどうかしている60周年記念映画「
THE ORIGIN OF ULTRAMAN」をゴジラの下で見るには拒否感が強かったので、TOHOシネマズ日比谷で見ました。
とはいえ、予告編を見た時には、
えっ?デルトロ出てるの???小島さん???なにをしているの??????と、思って、仕方が無いからムビチケまで買った中、さてとスクリーンの前に座ると。
実際に見てみると、ある種予想通りの内容ともいえるのだが、たしかに円谷のイベントでチラホラ見た「HISTORY OF ULTRAMAN(たしか)」の文字。
実はヒッソリ紛れ込んでる「世界公開版(たしか)」の文字。
「世界公開版」って箔を付けるために2025/1から、是枝さんをデルトロのとこ行かせるって、
ある種のサイコでもある。このレポ「ある種」の語を使い過ぎだけど。
もちろん、見に来てるよな残念なおじさんに新しいインフォメーションは無く、おそらく4Kリマスターをスクリーンで見れることに最大の価値がある映画となる。
が、しかし。
たぶん、この見方は不自然なのだ。
万人が円谷史を履修しているわけではない。
言わんや、見てる最中についつい「返す返すも一さんが急逝しなければ・・・」なんて、思うわけがないのだ。「NHKは金城さんで朝ドラやってくれないかなぁ」なんて思わないのだ。
ましてや「ジェットビートルの写真撮りに須賀川行くか」なんて思わない。
これは、
円谷が見せたい円谷史なのだ。
間違ってはいないが、すべてではない円谷史。
そう理解した時にこの映画を改めてどう解釈すべきか?
たぶんポイントは小島さんが口にした「ミーム」であり、樋口君が言っていた「ウルトラマンは作り続けなければならない」に尽きる。
これは、
円谷が「ウルトラ」を作り続けることを正当化するための映画なのだ。
そう考えると、このラインナップは
どう箔を付けるのか?の映画なのだ。
ん?待て。俺たちの最大値はデルトロなのか・・・
いや、大好きだけどな!
ちなみに、デルトロが奇しくも日本とメキシコ同一人物説を語ってくれるのは、ちょうどW杯でのメキシコ人日本贔屓を見た直後な人々には俄然膝を叩けるのではないだろうか?
俺はだいぶ前から言ってるけどな!(ドヤ)